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ジェーン・スー「生きるとか死ぬとか父親とか」書評 一筋縄ではいかない関係 軽妙に

評者: サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2018年07月07日
生きるとか死ぬとか父親とか 著者:ジェーン・スー 出版社:新潮社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784103519119
発売⽇: 2018/05/18
サイズ: 20cm/237p

生きるとか死ぬとか父親とか [著]ジェーン・スー

 若い日に母を亡くした著者と、残された父親。昔だったら気恥ずかしくてとても向き合えなかった父。尊敬や軽蔑や恐怖や憎悪の対象であった「親」という存在と、人間対人間として対峙する。本書はこうした普遍的なテーマを扱い、一筋縄ではいかない父と娘の、海千山千の心の駆け引きが軽妙な筆致で描かれる。
 内容に触れた著者インタビューは多いので、ここでは表現面に触れたい。
 例えば、昔話を聞いているうちに思わず「美談」にのみ込まれそうになったときは「数多の線で形作られた父という輪郭の、都合の良い線だけ抜き取ってうっとり指でなぞる。私は自らエディットした物語に酔っていた。」と、思い出や記憶といったものを「線」で捉え、「うっとり」という副詞に悪魔的な魅力のニュアンスも込める。「指でなぞる」は宝ものを愛でるような心も感じる。「美談とは、成り上がるものではない。安く成り下がったものが美談なのだ。」という文では、「美談」という言葉を文末にも重ねて、対句のように印象的な言葉に仕上げる。
 古くからお世話になっている方に自分の仕事を褒められたときに「私の胸は次第に温まり、ほぐれていった。父からもこういう反応が欲しかったのだと自らの隠れた望みに気付く。」と、自分を発見する自分という形で内省を掘り下げ、一方で「娘の本を大量購入して配り歩くようなことは一切せず、なにをやっても放っておいてくれる父にも感謝している。」と、アンビバレントな感情を矛盾することなく受け入れさせる。「放っておく」というネガティブな言葉と「くれる」という授受表現の組み合わせが照れ屋の気持ちをすんなり表現している。
 シリアスな問題を扱っていながら、心に分け入って軽くて笑える明瞭な文章。口語的でありながら、映像と音の表現に溢れ、新鮮な言葉の組み合わせに唸る。現代の幸田文を読んだ気持ちだ。
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1973年、東京生まれ。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書に『今夜もカネで解決だ』など。