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「藝術経営のすゝめ」書評 「導師」12人に学ぶ日本の美意識

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月21日
藝術経営のすゝめ 強い会社を作る藝術の力 著者:舩橋 晴雄 出版社:中央公論新社 ジャンル:経営・ビジネス

ISBN: 9784120050862
発売⽇: 2018/06/08
サイズ: 20cm/204p

藝術経営のすゝめ 強い会社を作る藝術の力 [著]舩橋晴雄

 私の知人に故フレデリック・ワイズマンという米国ミネソタ州に立派な美術館を作った企業人がいた。一介のサラリーマンが新婚当時、新居に飾るために街の画廊で版画を購入。それが切っ掛けでアメリカ随一の現代美術のコレクターに。芸術の魔力に取り憑かれた結果、気がつけば企業家として巨万の富を得て大成功。現代版お伽噺である。
 本書は日本人の藝術経営にふさわしい12人の「導師」の藝術観を探る。藤原定家から本居宣長まで12人を取り上げながら、日本の美意識を顕在化させ、古典芸術の核を抽出することで、藝術経営の理念を考えてみようと試みる。
 すでにあらゆる識者によって論じられている世阿弥の藝術論「秘すれば花なり」の本意と「男時・女時」におけるツキを企業戦略に導入。また一休禅師の知の大衆化現象、彼の正直さが生んだ反骨精神、利他の心が大衆に与える影響はそのまま藝術経営に利益をもたらす。千利休は藝術とビジネスを一体化させたが、そのためには志が必要と著者は説く。
 本阿弥光悦はデザイン哲学を藝術に導入した。それが成功していることは、すでに現代デザインが証明するところであるが、著者は己の心を虚しくすることも大衆への訴求力になると人間学にも触れる。
 宮本武蔵は画家としても有名だが、「諸藝」「諸職」の道を知ることを重視しながら、「この道一筋」とか「脇目もふらず」はよくよく自戒すべきだと今日のマルチ性を先取り。
 著者は、「奇想の画家」として評価の高い若冲、蕭白をはじめ蕪村、大雅、応挙、蘆雪ら天才絵師たちを「京都ルネッサンス」と呼び、同時代絵師を時代精神の鬼っ子として挙げている。
 日本の古典藝術を愛でるだけでは知識に溺れる危険性がある。あくまでも肉体を通過することで生じる想像力を内に秘めて初めて「藝術経営」が立証されるのではないだろうか。
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 ふなばし・はるお 1946年生まれ。国税庁次長、国土交通審議官などを歴任。著書に『純和風経営論』など。