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山尾悠子「飛ぶ孔雀」書評 原初の火を怪物から守る物語

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月21日
飛ぶ孔雀 著者:山尾悠子 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163908366
発売⽇: 2018/05/11
サイズ: 20cm/243p

飛ぶ孔雀 [著]山尾悠子

 文字を追っているだけで眩暈がしてきそうだ。一読しただけでは筋がつかめないほど重層化した世界を舞台に、アルファベットやカナで記号化された男女や子どもが交互に姿をあらわし、押し寄せるイメージの群れと絡み合いながら、全体がゆっくりと機械仕掛けのように運動している。綴られる物語は、高温の湯を運ぶダクトが複雑に入り組む地下の温熱世界から、年中咲き狂う桜や回遊式で夜にはライトアップされる庭園が配置された地上を経て、雲海を望み、雷見物もできる双子のような山の頂までを貫いている。
 そんな高低差とは無縁に、全編を通じて空気のように漂っているのが、火が燃えづらくなった世界、第二話のタイトルにならえば「不燃性」に直面した人々の行く末だ。原因はシブレ山の石切り場で事故が起きたからなのだが、その事故がどのようなものであるかは定かでない。他方、シブレ山の近くにはシビレ山があって、丹(水銀)を産してそう呼ばれるようになった。古くから鶏冠のある大蛇も出るという。地下世界のダクトをのたくって進むこの大蛇と、烈しく風を切って夏の夜の庭園を飛ぶ頭上の孔雀が、この小説を形作る二匹の核となっている。その様は、小説というよりまるで長大な絵巻のようだ。作者の「言葉が見る目を変えたのだ」。
 もっとも、本作を類いまれな幻想世界と評して片付けることはできない。私たちの現実との接点を見出すのも難しくはないからだ。シブレ山での事故や、毒のある熱い泥の溜め池の決壊、ところどころに残された点火できる「可燃域」と呼ばれる空気溜まり、そして「山のかたちが変わるほどの大規模な塵芥処理場」などの描写は、この小説が東日本大震災と福島原発事故のあとで書かれていることを思わせる。何より本作は、火や熱という原初のエネルギーを怪物たちから守ることの困難さをめぐる物語なのだから。
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 やまお・ゆうこ 1955年生まれ。作家。著書に『夢の棲む街』『オットーと魔術師』『歪み真珠』など。