『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』書評 優良企業の敗北を鮮やかに分析
ISBN: 9784822255732
発売⽇: 2018/05/25
サイズ: 19cm/327p
「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明 [著]伊神満
栄華を誇った一流企業が、次世代商品を売りにした新参者にあっという間に敗れ去る。そんな光景が、なぜ繰り返されるのか。
約20年前、経営学者のクリステンセンが著した『イノベーションのジレンマ』は、この問いに「目から鱗」の答えを与えた。いわく「すぐれた経営こそが、業界リーダーの座を失った最大の理由である」と。
顧客の声に耳を傾け、確実なもうけを重視していたからこそ、画期的な新商品の投入に遅れをとる。
逆説的な指摘は一世を風靡した。評者も同僚に「それはイノベーションのジレンマといってだな」と聞きかじりを吹聴した記憶がある(ああ恥ずかしい)。
ところが著者は、同書を読んだときこう感じたという。「テーマと事例は面白いが、理論も実証もゆるゆるだ。経済学的に煮詰める必要がある」。実際に研究成果を高度な論文にまとめただけでなく、一般読者向けに徹底的にかみ砕き、経済学的思考のパワーを見せつける書籍に仕立て上げた。それが本書である。
まず、ジレンマの正体が三つの要素に整理される。
①自ら新商品を出せば現行品との「共食い」が起きる。②だが、新市場を先取する「抜け駆け」の利点も大きい。③イノベーションの「能力」はどの程度か。
問題は①~③の強弱だ。そこで、実際の経営データから、それぞれの「度合い」を抽出する。
かくして、現実世界の本質を抜き出した「構造モデル」が出来上がる。その中で、様々なシミュレーションをすることで、ジレンマの解明が果たされていく。
ここまででも、縦横無尽な語り口と、鮮やかな手つきにひきこまれるが、さらに先がある。「問い」の設定をゆさぶることで、一気に視界が広がる快感を読者に味わわせてくれるのだ。
この種の本では破格のサービス精神は、著者のツイッター@MitsuruIgamiでもうかがえる。次世代の才能の登場だ。
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いがみ・みつる 1978年生まれ。証券会社勤務を経て、イエール大准教授。専門は産業組織論。本書が初の著書。