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「送り火」書評 史上最も激烈な「転校生モノ」

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月04日
送り火 著者:高橋弘希 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163908731
発売⽇: 2018/07/17
サイズ: 20cm/120p

送り火 [著]高橋弘希

 東北の僻村に転居し、中学校3年に転入した少年・歩。同学年は歩も入れて男子6、女子6の計12人。転校慣れしている歩は男子グループともすぐに打ち解け、学校生活は順調にすべりだしたように見えた。
 しかし、彼はまもなく気づく。男子5人を支配しているのは晃というリーダー格の少年であること。晃は稔という少年をオモチャにしており、他のメンバーも晃に従っていること。
 何度かの「いじめ」の現場に居合わせた歩は、しかし稔を突き放した。
 〈面倒はご免だ。自分は残り少ない中学生活を平穏に過ごし、何事もなくこの土地から離れていきたい〉。高校に入学すれば〈どうせ彼らも渡り鳥のことなど忘れてしまうのだ〉。
 いうならば、裏コペル君ですね。『君たちはどう生きるか』のコペル君が都会を離れ、山間の村に放り込まれたらどうなるか。晃に〈歩も一緒にけじゃ。観客いたほうがおもしれぇはんでな〉などと誘われ、観客気分でいつづけることが、はたして許されるのか。
 舞台は現代だが、村には古い伝承が生きており、遊戯の形をとった暴力も「回転盤」「彼岸様」などの伝承を踏襲する。
 歩の卓越した観察力と洞察力は「渡り鳥」、ないしは「観客」だからこそであり、読者はたちまち異世界に引き込まれるだろう。だけど、歩は(読者も)舐めていた。閉じた共同体の中で生きるしかない少年たちの屈折した感情を。
 デビュー作『指の骨』で南方の野戦病院で死にゆく兵士を描いた高橋弘希自身も観察力の人である。たとえ架空の出来事でも、見てきたように再現する。
 裏コペル君だから、心温まらない物語。学級劇として演じられる宮沢賢治の童話『オツベルと象』を思わせる展開でもあるが、教訓はべつにない。『風の又三郎』以来、転校生の物語は多々書かれてきたけれど、史上もっとも激烈な転校生モノというべきだろう。
    ◇
 たかはし・ひろき 1979年生まれ。「日曜日の人々(サンデー・ピープル)」で野間文芸新人賞。本作で芥川賞。