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「総務部長はトランスジェンダー」書評 不安とトキメキに満ちた冒険譚

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月18日
総務部長はトランスジェンダー 父として、女として 著者:岡部 鈴 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163908601
発売⽇: 2018/06/22
サイズ: 19cm/230p

総務部長はトランスジェンダー 父として、女として [著]岡部鈴

 朝は男物のラフな服装で家を出る。徒歩圏内のトランクルームに寄り、女性用の下着と服に着替えてメイクをする。変身が完了したら、いざ電車で出勤! こんな生活を、岡部さんは5年以上続けている。
 ちなみに彼女は広告代理店の管理職。家では妻も子もいる父親だ。よって書名は『総務部長はトランスジェンダー』、副題は「父として、女として」なんだけど、今日に至るまでの経緯を赤裸々につづった中身は書名以上に鮮烈だ。
 そもそものきっかけは40代も半ばをすぎた頃、女装で参加したパーティーだった。お遊びのコスプレくらいのつもりだったのに、その日から頭は女装への憧れでいっぱいになる。「綺麗になりたい」という思いはやがて「女性の身体に近づきたい」から「女性として社会生活を送りたい」へと変化した。しかし会社は、家族はどうする……。
 人生で、性別を変えたくなるピークは2回あるという。〈一回は思春期、そしてもう一回は(意外に思われるかもしれないが)四十歳を超えた中年期だ。まさに私がそうだった〉
 女性化の過程で人間関係が劇的に広がる一方、既知の人々に事実をどう伝えるか。〈奥さんも子供もいる一家の大黒柱のお前が、一体何やってるんだよ〉と親友に意見されても、〈女性としてこの会社で働きたい〉という思いは募るばかり。ついに彼女は社内一斉メールを送信する。
 6月にはWHO(世界保健機関)が性同一性障害を「精神疾患」から外すと発表、岡部さんのようなケースは「性の健康に関連する状態」のひとつ(仮訳は性別不合)に変わる。7月にはお茶の水女子大学がトランスジェンダーの学生を受け入れると発表した。
 そんな時代の風も受け、悩みながらもステップアップを目指す姿は、不安とトキメキに満ち、未踏の山に挑む冒険譚のよう。なんでまた、という疑問は読後、一掃されるだろう。
    ◇
 おかべ・りん 1963年生まれ。化粧品メーカーなどを経て、広告会社のファイナンス部門のディレクター。