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「玉砕の島 ペリリュー」書評 狂気の戦場 地獄のリポート

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月25日
玉砕の島ペリリュー 生還兵34人の証言 著者:平塚柾緒 出版社:PHPエディターズ・グループ ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784569841045
発売⽇: 2018/06/21
サイズ: 19cm/387p

玉砕の島 ペリリュー 生環兵34人の証言 [著]平塚柾緒

 米軍の艦砲射撃のカーン、ヒュー、ドーンの場面に、小3の時、低空で校庭に突っ込んできた3機のグラマン戦闘機の記憶が蘇る。あの時ボクは肉片になるところだった――と我に返った瞬間、手にしていた本書を投げだしてソファに倒れ込んでしまった。
 あゝ〈ボクの戦争〉は終わった。この数日間ボクは本書の中で死闘を繰り返していた。その幻想から覚醒した。虚構化した現実の中で自分は何のために戦っているのか、その意味さえ不明。狂気の戦場では理性のかけらもなく、生死の区別もなく、死ぬためにしか生きられない不条理がまかり通る。生を否定して死を肯定した単に人間の形をした物体がオブジェと化して地獄の底に沈められていく。
 本書はパラオ諸島のペリリュー島の死闘、「玉砕の島」の74日間の激戦の記録である。これは従軍記者が透明人間になって日米両軍の陣地にもぐり込んで複眼で描いた地獄のリポート「神曲」である。戦争の前では芸術の創造も効用もその存在価値は無に等しい。芸術が魂を救う? とんでもない。兵士の魂を救うのはピンを抜いた一個の手榴弾で自決の道しかない。いかなる論理も観念もへったくれもない。相対性原理も存在しないのが戦場?
 さて、74日間で死者1万人弱。洞窟内に立てこもった日本兵34人は戦争終結に疑心暗鬼。生きて帰ることを屈辱とする抗戦派と投降派の対立に殺人事件まで。だけど死闘だけが戦争ではない。こんな逸話も。米軍の残留品の中から食料品をくすね、米軍服で変装。米軍の野外映画会にこっそり侵入して、攻撃目標の本土の風景とも知らずに、懐かしい祖国に涙する。
 さらに米国の食品で体力がついたために肉体的欲望の処理に困る。仲間の創作朗読会では性愛を慰め合う。その滑稽さとエロティシズム。だけど上野駅で米兵の腕にすがる髪の長い日本女性を見て初めて「日本は負けた」と実感する。
    ◇
 ひらつか・まさお 1937年生まれ。「太平洋戦争研究会」を主宰して元軍人らを取材。『東京裁判の全貌』など。