1. HOME
  2. 書評
  3. 「孤独の発明」書評 状況を俯瞰する超越的な視点

「孤独の発明」書評 状況を俯瞰する超越的な視点

評者: 佐伯一麦 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月01日
孤独の発明 または言語の政治学 著者:三浦雅士 出版社:講談社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784062208802
発売⽇: 2018/06/30
サイズ: 20cm/550p

孤独の発明 または言語の政治学 [著]三浦雅士

 表題の孤独は、それが流行する時代背景などを問題としたものではなく、言語によってもたらされた自分で自分に話しかける内的思考のことである。三浦氏は1981年に出た『私という現象』以来、自己、身体、メランコリー、人生、母子関係、死といった人間の根源に迫るテーマを一貫して探究してきた。本書では、それら総ての著述が著者自身によって俯瞰され、更新される、画期的なパースペクティブが見いだされた印象がある。
 それをもたらしたのは、ほかでもない、言語の起源が、一般に考えられてきたコミュニケーションの手段としてではなく、視覚を持つことで自己を含む対象との隔たりを得、状況を俯瞰する超越的な視点が生まれたことによる、とする観点である。論拠とされたのは、約五億年前に視覚が発生したことによってカンブリア紀の生物進化の大爆発を引き起こしたという古生物学者による説と、約五万年前に言語が獲得された、という言語学者による説。三浦氏は学問のその成果に刺激を受け、視覚と言語には本質的な類似性があるのではないか、と考える。その大胆な仮説は、本書で折に触れて参照されている大岡信の古典論について、〈学問には慎重、芸術には大胆〉と評した言葉を地で行っている感がある。
 俯瞰する視点によって自分から離れることを強いられた距離が、言語現象である私となり、精神や霊、呪の根源ともなった。一方で視覚は、捕食する相手を騙し騙される次元で発生したものであるから、それによって発明された言語もまた、騙し騙されること、疑うことを内包している。文学も同様であることを、トーマス・マンの最後の小説『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』をロマン・ロラン、ヘルマン・ヘッセと比較しつつ解き明かす。考察は、宗教、貨幣、政治、そして社交にまで及び、広く深い射程でとらえられた論考の醍醐味を堪能した。
    ◇
 みうら・まさし 1946年生まれ。「ユリイカ」「現代思想」編集長を経て評論家。著書に『青春の終焉』など。