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「歴史学者と読む高校世界史」書評 新たな研究、なぜ反映しないか

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月08日
歴史学者と読む高校世界史 教科書記述の舞台裏 著者:長谷川修一 出版社:勁草書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784326248483
発売⽇: 2018/06/29
サイズ: 20cm/261p

歴史学者と読む高校世界史 教科書記述の舞台裏 [編著]長谷川修一、小澤実

 教科書記述と歴史学会の研究成果との間には、なぜ乖離が生じるのだろう。本書は、世界史教科書の記述内容と執筆者に対して目を向けるだけではなく、教科書がモノとして「製造」されるプロセスにかかわる制度や関係者のあり方をも多角的に検討した論文集である。
 例えば、古代イスラエル史について。ヘブライ人の国王ダビデとソロモンの実在は疑わしく、100年以上エルサレムの発掘調査を行っても当時の栄華は実証できない。それなのに、なぜ旧約聖書の記述がそのまま「保存」されてきたのか。採択を行う高校教員が内容の大幅な変更を嫌う、記述の史実性が十分にチェックされていない、専門家の発信の少なさなどの複合要因が背景に潜んでいる。
 また、イスラーム史については、アラブ中心かつ初期・古典期偏重となっているが、オスマン・サファヴィー・ムガルの3帝国は、イスラーム史の近世の重要な展開の一つではないか、等々の鋭い指摘がなされている。しかし、これらは、教科書に限らず一般の歴史書にも通底する話であるように思われる。
 ところで本書の特色は、以上のような記述内容の分析にとどまらず、教科書に影響を与える関係者に光をあてている点にある。敗戦から1952年度の検定教科書の使用に至る世界史教科書の来歴、教科書調査官であった学者による検定制度の実態、戦前の官立高校の「歴史」入学試験の分析、高等学校の現場から見た教科書採択の実態など教科書の「製造」プロセスが立体的に浮かび上がる。
 歴史学は日々新たな研究成果が積み上がっていく。それらを全て参照してキャッチアップするのは執筆者にとって決して容易な作業ではない。しかし教科書を通じてそこで示された歴史認識が拡散され、その歴史観が社会全体に刻み込まれてゆく以上、教科書の記述には最大限の関心と細心の注意を払うべきであろう。
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 はせがわ・しゅういち 1971年生まれ。立教大准教授。著書に『旧約聖書の謎』など▽おざわ・みのる 73年生まれ。立教大教授。