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「グスタフ・クリムトの世界」書評 反美術史に残る豪奢な官能美

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月15日
グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮 著者:グスタフ・クリムト 出版社:パイインターナショナル ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784756250414
発売⽇: 2018/07/11
サイズ: 26cm/386p

グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮 [解説・監修]海野弘

 黄金の極彩色に彩られたクリムト・スタイルは分離派を結成する1897年以後で、それ以前はゴヤの黒い絵や象徴派を想起させなくもないが、1900年代には豪奢、眩暈、官能美の世界を現出。
 彼はモデルに囲まれ、アトリエはハーレム化。モデルは彼がデザインした寛衣風の衣裳を着ているが、下は素っ裸だった。彼はいつでも女性の欲望に応えるだけではなく、絵を描くこと自体が性的行為に耽る感情と同一化している。
 顔を伏せた男性に群がる女性が肉体を彼に密着させる絵画的フォルムが発する熱量は、見る者を恍惚とさせる。本書では一点一点視姦するように図像学や心理学を応用させながら快楽の園に分け入り、読者をエロスの深奥に誘う。
 そんなクリムトの作品は常にスキャンダラスな眼にさらされ、非難に対して自らの絵画で応酬する。「金魚」と題する作品は最初「わが批評家たちへ」と挑戦的な題名で、お尻にキスしなさいという侮辱的表現だった。嘲笑を浴びせるような3人(よく見ると4人いる)のうちのひとりは別の女性の愛液を受けようと、無情の法悦に唇が開く。
 クリムトの様式は美術史の系列には入りにくく、あえて反美術史に位置づけるために装飾性を主張。そんな彼はジャポニスムや「エジプトの死者の書」を彷彿とさせる寓意的、象徴的、エロスと死が様々な様式を迎え入れた折衷主義絵画を生んだ。
 一方、クリムトは女性を主題にした一連の絵画と並行しながら、夏休みにアルプスの麓で、愛人エミーリエ・フレーゲと風景画を描きながら過ごす。その絵はモネやホイッスラーを連想させるが、その点描的抽象性はもうひとつの装飾画として見る者を幻惑に導く。
 本書の特徴のひとつが、ウィーン工房の多彩なデザイン活動やクリムトをめぐる世紀末ウィーンの芸術活動についての記述。包括的な終章まで飽きさせない。
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 Gustav Klimt(1862-1918)オーストリアを代表する画家▽うんの・ひろし 39年生まれ。評論家、作家。