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篠田節子「鏡の背面」書評 人間の本性は善なのか悪なのか

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月22日
鏡の背面 著者:篠田節子 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087711523
発売⽇: 2018/07/26
サイズ: 20cm/534p

鏡の背面 [著]篠田節子

 天性の詐欺師から詐欺の極意を聞いたことがある。自身がまず自分の?を信じること。つまり自分自身を洗脳すること。人がいかに洗脳されやすいかは、古今東西の歴史や数々の事件が如実に物語っている。
 心はもっとあやふやだ。脳や臓器とちがってどこにあるのかさえわからない。私はつい、心をこめて、と書く癖があるのだが、そもそも心とはなんなのか。洗脳のように、心もまっさらに取り換えることができるのだろうか。
 本書にはそうした深遠なテーマが詰まっている。かといって重苦しくも難解でもない。著者の冴え渡った熟達の筆に導かれ、ページを繰らずにはいられない。なにしろ冒頭から読者は、背筋が凍るような謎の中へ放り込まれてしまうのだ。
 薬物依存者や虐待被害者の女性たちが暮らす施設で火災があり、私財をなげうって施設を建てた聖母のごとき女性が逃げ遅れた母子を助けて焼死する。ところが焼死体は別人だった。だれが、いつ、なんのためにすり替わったのか。
 施設の優紀とライターの知佳は、元記者・長島の手を借りてこの不可解な謎を追うことになる。謎はさらなる謎を呼び、知佳は真相を探るためにフィリピンのルソン島へ。
 疑心暗鬼は施設にも暗雲をもたらして、事態はさらに混沌としてゆく。なぜなら、彼女たちが追いかけているのは単なる事件の解決ではなく、「本性は善なのか悪なのか」という普遍の謎、難解な人間そのものだからである。
 本書は、鏡が重要な役割を果たしている。「ありのままの客観的な自分の容姿」を映すのが鏡なら、そこに心はあるのか。本性は投影されているのか。
 これ以上はネタバレになるので書けないが、鏡を介して人を操る者が鏡に自我を奪われる皮肉、再生を暗示するラストにも胸を打たれた。神の光は天上からではなく「不幸の詰まった、泥の下から射してくる」。
    ◇
 しのだ・せつこ 1955年生まれ。作家。『女たちのジハード』で直木賞。『仮装儀礼』『スターバト・マーテル』など。