古谷田奈月「無限の玄」「風下の朱」書評 家族やチームにひそむ権力構造
ISBN: 9784480804808
発売⽇: 2018/07/12
サイズ: 19cm/191p
無限の玄/風下の朱 [著]古谷田奈月
「無限の玄」は三島賞受賞作、「風下の朱」は芥川賞候補作。もっか注目度ナンバーワンの作家の最新刊だ。2作はセットで読むべく仕組まれている。片方は男性だけの、もう片方は女性だけのお話だからだ。
父が死んだ。というところから「無限の玄」ははじまる。父の名は玄。宮嶋家の家長、というよりファミリーで結成されたブルーグラスバンド「百弦」のリーダーだった。検視のために遺体は警察に運ばれた。
抑圧的なリーダーから解放された玄の弟や息子たちは思わず歌いだす。〈さあ船出だ ヨーソロー〉
しかし翌朝、父はソファで眠っているではないか。朝食までちゃっかりいっしょに食べちゃって。家族はあせる。〈自分が死んだのを覚えてるか?〉
なんとも人を喰った話よね。復活した父は夜にはまた死に、刑事がまた遺体を引き取りにくる。が、朝になるとまた父がいて……。どうすんの、これ。
かつて「父殺し」は文学の重要なテーマだった。なのに父よ、あなたはなぜ死なない! 長いツアーに出なければならない家族はしびれをきらす。〈答えてくれ。死ぬ気はあるか?〉
一転、「風下の朱」の舞台は大学の女子野球部だ。二番ファースト、三番サード、四番キャッチャーの3人しか部員のいない野球部である。目標は部員を集めて公式戦に出ること。ソフトボール経験者だった新入生の「私」はスカウトされて入部し「一番セカンド」となるが、妙な観念にしばられた部長の侑希美は、同じ大学のソフトボール部員らが目障りらしい。
女性を排除する男性だけのファミリーバンドと女子だけの野球部。一見何の関係もない二つのチームは、性別意識にとらわれた権力者に翻弄される点において同質である。家族やチームにひそむパワハラの構造を音楽やスポーツをからめて描いた超意欲作。とんがってるのにトボけた味。古谷田奈月の本領発揮だ。
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こやた・なつき 1981年生まれ。「今年の贈り物」でファンタジーノベル大賞。『リリース』で織田作之助賞。