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「フェティッシュとは何か」書評 交易商人の驚きから現れた言葉

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月29日
フェティッシュとは何か その問いの系譜 著者:ウィリアム・ピーツ 出版社:以文社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784753103478
発売⽇: 2018/08/16
サイズ: 20cm/212p

フェティッシュとは何か その問いの系譜 [著]ウィリアム・ピーツ

 フェティシズムという概念は、フランスの思想家ド・ブロスが『フェティシュ諸神の崇拝』(1760年)で定式化したもので、アフリカの住民の間で行われていた護符・呪物崇拝を意味していた。アダム・スミス以来経済学者が商品の価値をその生産に要した労働から来ると考えたのに対して、マルクスは『資本論』で、物の交換価値を、物に付着したフェティッシュ(霊の力)のようなものだと考えた。そして、それが商品から貨幣・資本に発展する姿を、「精神」(霊)の発展を論じたヘーゲル哲学に合わせて書いた。
 しかし、以後、このフェティシズムが重視されなかったことにはいくつかの理由がある。『資本論』第一巻初版(1867年)が刊行されてまもなく、エドワード・タイラーが『原始文化』を刊行し、そこで提起したアニミズムという概念が支配的となった。さらに、アルフレッド・ビネーがフェティシズムを性的倒錯の意味で使ったことも大きい。以来、フェティシズムはむしろ、嘲笑的なジョークとして扱われてきたのである。マルクス主義者もルカーチ以後、もっぱら物象化(人間と人間の関係が物と物の関係としてあらわれること)を論じ、フェティシズムについては真面目に考えなかった。
 本書が独自なのは、フェティシズムがいかに生じたかを理論的に考察するかわりに、フェティッシュという言葉がいかに出現したかを歴史的に考察したことである。〝フェティソ〟は、アフリカにあった言葉ではなく、ラテン語から作られた新造語であった。そして、それは、十五世紀に、ポルトガルの商人がアフリカ人と交易したことから生じた。彼らは、西洋人がガラクタと見なす物を得るために、アフリカ人がすすんで金を手放すのを見て、驚きあきれて、それをフェティッシュと呼んだのである。以来、一六世紀から一七世紀に、スペイン人、オランダ人が西アフリカに交易のために到来したが、その間にこの言葉が定着した。さらに、ド・ブロスがそれを一般理論化し、キリスト教でいう偶像崇拝と区別して、フェティシズムと呼んだ。
 本書が示すのは、フェティシズムが、アフリカあるいは未開社会にあったものではなく、それが西洋の商人資本主義と遭遇したときに見出されたということである。著者によれば、それは「キリスト教封建制、アフリカの氏族制、そして商業資本家的社会システム」という三角形の中で生まれた。思えば、フェティッシュという概念は、未開社会にあったというより、近代の西洋人をかきたてた、商品・貨幣の物神崇拝から生まれたのである。そして、それは今もますます、世界を席巻している。
    ◇
 William Pietz 1951年生まれ。哲学博士。米国各地の大学で講師を務めロサンゼルスの緑の党結成に尽力。