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「オランウータン 森の哲人は子育ての達人」書評 「孤育て」の生態を丹念に観察

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2018年10月13日
オランウータン 森の哲人は子育ての達人 著者:久世濃子 出版社:東京大学出版会 ジャンル:生命科学・生物学

ISBN: 9784130633499
発売⽇: 2018/07/19
サイズ: 20cm/18,177,17p

オランウータン 森の哲人は子育ての達人 [著]久世濃子

 オランウータンは、現在ボルネオ島とスマトラ島に生息している。その数はおよそ7万頭という。20世紀初頭には32万頭というから、激減である。熱帯雨林の農地開発やら密猟が原因だ。著者によると、オランウータンは、「究極の『少子社会』を築きあげた種」というが、これほど子供を一頭ずつ大切に育てる動物は人間以外にいない。
 基本的に群れをなさない単独性で、出産、養育も「孤育て」であり、その社会生活は、孤高の誉れがある。「森の哲人」と言われるのも故なきことではない。著者はこの哲人に惹かれて研究者になったといい、自らの研究生活への道を振り返りつつ、オランウータンの生態を丹念に語っている。ボルネオ島の雨林に入って追い続ける体験を通して、彼らは類人猿はもとより、哺乳類の中で「もっともゆっくりとした生活史」を獲得した種だと気づく。
 本書で語られる生態は、この種が幾つもの交流回路を持っていることを立証する。たとえば「のぞきこみ」行動。これは他個体に近づいて、相手の顔をのぞきこむのだが、ゴリラやチンパンジーなど大型類人猿に見られる。オランウータンがこの行動をとるのかどうかは、わかっていなかった。著者が観察していると、これがよく起きた。もともとオランウータンは若い時期には、レスリング(取っ組み合い)が好きで、これも将来の雄どうしの争いに備える訓練のようだという。
 オランウータンの雄には哺乳類には珍しい「二型成熟」といった特徴がある。性的に成熟した雄はフランジ雄(顔の両側が張り出す)になり、喉袋を使ってロングコールと呼ばれる音声を発する。コミュニケーションを求めるのだ。このような変化をしない雄もいる。なぜフランジ雄になるのか、学説も多様である。
 動物園で人間の動きを飽きずに見つめ続けるオランウータンは、実は我々を観察しているのではと本書は示唆する。
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 くぜ・のうこ 1976年生まれ。国立科学博物館人類研究部・日本学術振興会特別研究員。オランウータンを研究。