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「最初の悪い男」書評 暴力も恋も出産もごまかしなし

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2018年10月13日
最初の悪い男 (CREST BOOKS) 著者:ミランダ・ジュライ 出版社:新潮社 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784105901509
発売⽇: 2018/08/24
サイズ: 20cm/346p

最初の悪い男 [著]ミランダ・ジュライ

 ミランダ・ジュライにはまたもや頭をガツンとやられた。短編集を読んだ時も思ったことだが、とっぴなシチュエーションや風変わりな人物を書いているようにみえて、実は普遍的な性や生をえぐりだすことに長けている。初の長編だという本書はさらにパワーアップ、読者をこれでもかと翻弄する。へとへとにさせられて、最後に力いっぱい、抱擁してくれるような……そんな本である。
 主人公のシェリルは43歳の独身女、容姿に劣等感を抱いていて、自分の生活を規則正しくコントロールしなければがまんができない生真面目な性格だ。そこへころがりこんできたクリーは20歳の美女。性格も正反対なら汚くてだらしなくて不作法で暴力的で……私まで腹が立つほど。ある日をきっかけに暴力の応酬がはじまり、それが思わぬ形に変化したのちに、出産があり恋があり別れがあり……シェリルはクリーが産んだ赤ちゃんを育てることになる。他にも伏線が張りめぐらされているのだが、紙幅がないので割愛する。
 なんといってもこの著者の凄みは、綺麗事や曖昧なごまかしを排除した赤裸々な表現だろう。とりわけ妄想の中の性描写は圧巻で、こちらの頭も混乱させられる。ところがアラふしぎ、いつのまにか違和感が消えて、当然のようにシェリルに共感し、声援を送っている。著者の力強い筆にかかれば、暴力もセックスも出産も、そして恋も、すべてが生の証しなのである。
 「心理状態しだいで人はどんな人間とでも、いやモノとさえ恋に落ちる」
 虚飾を捨て去ろう。偏見を捨てて生身の人間同士がぶつかりあうこと、奇跡はそこから生まれてくる。
 ところで最近、本書の版元はLGBTへの偏見で物議をかもしたが、そこには偏見を打ち破ろうとするこうした良書を世に送り出した心ある編集者もいるのだ。とりわけメディアに携わる人々に、率先して読んでほしい一作である。
    ◇
 Miranda July 1974年、米国生まれ。映画作家、小説家。著書に『いちばんここに似合う人』など。