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「死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相」書評 「未知の不可抗力」の謎に挑む

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年10月27日
死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相 著者:ドニー・アイカー 出版社:河出書房新社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784309207445
発売⽇: 2018/08/28
サイズ: 20cm/351p

死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相 [著]ドニー・アイカー

 1959年、旧ソ連のウラル山脈で起きた世にも奇っ怪な遭難事故。米国人ドキュメンタリー映画作家がその謎の解明に挑む。
 若者の登山チーム9人が零下30度の夜、テントを飛び出し、靴を履かず、衣服もろくに着ずに忽然と闇に消えて、老人のように皺だらけの遺体で発見された。白髪になった男性や舌を失っていた女性も。着衣からは異常な濃度の放射能が検出され、皮膚は黒っぽく変色。地元のマンシ族が恐れる「死に山」で一体彼らに何が起こったというのか?
 このトレッキングに初期の段階で引き返した唯一の生存者を訪ねて手がかりを探ろうとする著者も事故の核心には届かなかった。彼らと何の縁もゆかりもない自分が「なぜ私はここへ来ているのだろう」との疑問を抱きながら、事故の起こったディアトロフ峠に向かうが、まるで死者が彼を呼び寄せて、死の真相を語らせようと企んでいるようにさえ思えるのだ。
 ありとあらゆる人たちがあらゆる角度からこの事故を現実的に、時には超自然的に解明を試みたが決定的な解答は誰も出せない。武装集団による殺人説も飛び出したり、光体の出現からUFO事件とも騒がれたりするが、結局「未知の不可抗力」で片付けられたまま。59年が経って、今もネットを席巻する。
 著者は子供のころから気象に異常な興味と関心を持っており、そのことが解明の糸口になる。そして最終章で、その現場にいた遭難者の恐怖体験と同化したかのように、気象の知識を駆使して、一気に解明に迫るが、その描写のリアリティーには死者の意思が関与しているのではと思わせるくらいだ。
 だけど、ただひとつ気になるのはトレッカーの一人が撮った最後の写真の一枚に写っている「光体」の謎で、これには触れていない。事件後、何人もが見ている空の光体と放射能。そして遺体が突然の老化現象を起こした説明もない。
    ◇
 Donnie Eichar 米国生まれ。映画・テレビの監督、ドキュメンタリーシリーズの製作などで知られる。