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「監禁面接」書評 七転八倒のサバイバルゲーム

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月03日
監禁面接 著者:ピエール・ルメートル 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163908922
発売⽇: 2018/08/30
サイズ: 20cm/462p

監禁面接 [著]ピエール・ルメートル

 人間にとって一番辛い状況はなにかと問われたら、私なら〈やることがないこと〉と答える。〈だれにも必要とされないこと〉と言いかえてもいい。だから本書の主人公、アラン・デランブルの「おれをレースに復帰させてくれ、社会に戻してくれ、人間に戻してくれ。生きた人間に。そしてあの仕事をくれ!」という切実な叫びはぐさりと胸に突き刺さる。
 フランスの失業率は9%ほどだそうだが、国や数字の多寡にかかわらず働きたくて働けないことは人間の尊厳にもかかわる重大事で、心身にどれほどのストレスを強いられるかは言うまでもない。57歳にして失職したアランは大手企業の採用候補の一人に選ばれたのをきっかけに、なんとしても職を得ようと涙ぐましい努力をはじめる。この採用試験がまたとびきりとっぴなのだが、そこはルメートル、計算されつくした綿密な描写で読者を煙に巻き、アランと一緒に七転八倒させる。そのまえ・そのとき・そのあと……とつづく怒濤の展開もさすがはルメートルで、驚きと疾走感に満ちている。
 ルメートルといえば『その女アレックス』をはじめとするカミーユ警部の3部作が話題となった。夢中で読んでおいて言うのもなんだが、私はこれでもかとつづく残虐シーンやあまりの救いのなさに少々辟易したものだ。本作には目を覆いたくなる場面はない。アランの滑稽にも思えるあがきに声援を送り、サバイバルゲームに並走することで、読者も日頃の憂さを吹き飛ばすことができる。
 けれど危機と苦難を乗り越えたアランが真の安息を得たかといえばそうはいかない。読後感はかなりシニカルだ。なぜなら、働きたいということはすなわち生きたいということで、その終わりなき渇望を満たすためには社会と戦いつづけなければならないからだ。
 アランは言う。「汚いのは社会だ」「失業者じゃない」。まさに、ごもっとも。
    ◇
 Pierre Lemaitre 1951年生まれ。仏の作家。『天国でまた会おう』でゴンクール賞、『悲しみのイレーヌ』など。