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「凍てつく太陽」書評 冒険の背景にある皇民化の暗部

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月03日
凍てつく太陽 著者:葉真中 顕 出版社:幻冬舎 ジャンル:小説

ISBN: 9784344033443
発売⽇: 2018/08/23
サイズ: 20cm/534p

凍てつく太陽 [著]葉真中顕

 明治期に建設された北海道の旧網走監獄。現在は博物館として公開されているこの監獄には、獄舎の天井近くに一体のマネキン人形が設置されている。昭和の脱獄王の別名をとる白鳥由栄の姿である。
 『凍てつく太陽』は、そんな歴史も踏まえた異色のエンターテインメント小説だ。舞台は戦争末期(1944~45年)の北海道。
 主人公の日崎八尋は、大和人の父とアイヌの母の間に生まれた特高警察の刑事である。その八尋が室蘭で起きた殺人事件の犯人として逮捕された。
 殺害されたのは、軍の配下にある大東亜鐵鋼「愛国第308号工場」の幹部・伊藤と、工場を監督する将校・金田少佐。二人とも朝鮮半島の出身で、労働者も募集や徴用で半島から来た朝鮮人たちだ。
 身に覚えのない罪で拘束され、激しい拷問を受けた八尋は、生き延びるために罪を認め、網走刑務所に送られる。そして獄中で再会した労働者・ヨンチュンとともに脱獄を企てる。あの白鳥由栄のように!
 物語の主眼は、真相の究明を自らの使命と考える八尋の動向だけれども、大きな読みどころは物語の背景にある皇民化政策だ。
 近代の日本は富国強兵の名の下にきわめて強引な政策を推し進めた。台湾や朝鮮半島の植民地人、沖縄の琉球人、北海道のアイヌなどの「新附の民」も「皇国臣民」と位置づけられ、とりわけ戦時下では過酷な労働に駆り出された。
 〈国のお陰で、アイヌは近代的で豊かな暮らしができる〉と考える八尋も、〈俺は皇国臣民ってやつになりたくて内地に渡ってきた〉というヨンチュンも強い愛国心の持ち主だ。しかし、大日本帝国は彼らの思いを無惨に裏切る。
 はたして〈ワガナハスルク/ワガイカリヲシレ〉という血文字に込められた真犯人の思惑とは。冒険小説のテイストを保ちつつ「もうひとつの戦場」から日本の暗部が浮かび上がる。
    ◇
 はまなか・あき 1976年生まれ。作家。「ロスト・ケア」で日本ミステリー文学大賞新人賞。『絶叫』など。