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坂口恭平「建設現場」書評 地図のない世界、心躍る感覚

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2018年12月15日
建設現場 著者:坂口恭平 出版社:みすず書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784622087410
発売⽇: 2018/10/17
サイズ: 20cm/311p

建設現場 [著]坂口恭平

 事前に計画をし、準備をして、時間どおりに生きる。そのことで僕らは何を失っているのか。小説であり、散文詩であり、同時に思索の記録でもある本書で、坂口はこれまで追求してきた問いを深めている。
 主人公はサルトだ。過去の記憶をほとんど持たない彼は、気づけば大規模な建設現場にいる。労働者や監督として彼は働くが、なかなか建築は進まない。それもそのはずだ。建物は常に図面からずれ続け、ようやくできた部分も、世界の止まらぬ崩壊により端からこわれていく。
 彼はなぜこんなことをしているのか。そもそもここはどこなのか。この世界には全体を捉えた地図など存在しない。複数の場所は存在するものの、カフカの作品世界のように、自在に伸び縮みしてしまう。サルトはそれらを経巡りながら、やがてあることに気づく。
 ここでは二つの原理が対立している。論理的な言葉と、感情や感覚だ。硬い言葉は図面を引き、土地をコンクリートで覆い、人々の行動を監視する。だがこうした管理の欲望は挫折せざるを得ない。なぜなら、土地も僕らも生きていて、変化し続けているからだ。
 だが感情や感覚は微細な兆しを捉えられる。手のひらの動きは感情を伝え、視線はいまだ生まれていないものさえ見て取る。感情に揺り動かされて言葉も動きだし、歌や踊りになる。
 地図がないのは本作も同じだ。先行きも見えぬまま動いていくから、読者は最初当惑する。しかし徐々に読み方がわかってくる。次々と目の前に展開する世界を、ひたすら描写し続けること。かつてバロウズが『裸のランチ』を書くときに採用した手法は、本作でも有効に機能している。
 「鳥は夕暮れの空を、色を塗るように飛んでいた」。そうだ。この本を読んでいるとき、読者も動物になればいい。まるで蟻が巣穴を作るように書かれた本作は、心躍る感覚のレッスンを与えてくれる。
    ◇
 さかぐち・きょうへい 1978年生まれ。作家、建築家、音楽家、画家。『0円ハウス』『独立国家のつくりかた』など。