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「ゴッホ 最後の3年」書評 傑作残すも運命に抵抗できず

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2019年01月12日
ゴッホ 最後の3年 著者:バーバラ・ストック 出版社:花伝社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784763408693
発売⽇: 2018/11/23
サイズ: 21cm/141p

ゴッホ 最後の3年 [著]バーバラ・ストック

 〈行間を読む〉ということは言葉で書かれていない空白箇所を読むことでしょう? 何て器用な――。真の読者は何も書いていない空白を読むという。画家的に考えるに、空白はただの空間で何もない。
 言葉のない場面は、まるで無声映画だ。隠された言葉を無意識のうちに透視術で読んでいる。
 さて、ここに「ゴッホ」のマンガがある。〈行間を読む〉的に言えば、ここでは〈絵を読む〉ことになる。若い人なら十数分で読んでしまうだろう。必要最小限の言葉以外の空間は、単純な形とセンスのいい色感で埋められている。そして、ところどころハッとする事物のクローズアップのショットが何コマも連続して並ぶ。まるで映画のカットバックのように。でもそこには言葉はない。文章的に言えば何もない行間の連続だ。
 物語に戻ろう。弟テオと兄フィンセント・ゴッホとの文通の文面がゴッホのセリフになったり状況描写になったりしながら、物語は言葉と行間(絵)を移動しながら、絵画論や作家論が語られていく。絵の一コマ一コマによって、ほとんどの人が見たことのある絵の中に導かれるので、思い出の地を訪ねる愉しみに似て、さらに視覚言語の世界をも味わえる。
 本書では、ゴッホの死ぬまでの3年間が語られる。弟テオの元から離れて単独でアルルに旅立つ。ゴッホにとってはアルルは心の日本だ。この地にゴーギャンを迎えて、画家の協同組合を夢想しているが、ゴッホの執拗な性格がゴーギャンの自由を奪いつつある。そんな時に、あのゴッホの耳切り事件が起こり、ゴーギャンはゴッホから離れてしまう。
 しかし、この前後のゴッホの創作は過熱して傑作を残すが、彼の精神は次第に崩落の一途。運命に抵抗できない彼。本書のクライマックスはゴッホの麦畑に読者を導き、実に印象的な無言の光景の中で終わる。
    ◇
Barbara Stok 1970年生まれ。オランダの漫画家。子供番組や新聞のイラストレーターとして活躍。