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黒川創「鶴見俊輔伝」書評 活動的人間の輪郭を際立たせる

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2019年01月19日
鶴見俊輔伝 著者:黒川創 出版社:新潮社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784104444090
発売⽇: 2018/11/30
サイズ: 20cm/545,21p

鶴見俊輔伝 [著]黒川創

 伝記に精彩を添え、読む者を楽しませてくれるのが、脇道の挿話やページの合間に挿入された数々の写真である。本書にも主人公にまつわるいくつかの写真が差し挟まれている。スネた不良少年(豪邸で撮られた家族写真には、「不良少年のつらがまえ」というキャプションがつけられている)は、17歳でハーバード大学に入学する頃にはコナン少年を思わせる知的でニヒルな青年に変貌している。そして戦後、細面は次第に丸みを増し、やがて穏やかな晩年の顔になる。
 鶴見俊輔は生まれながらにして伝記の世界、ある意味での公的世界に登場したと言える。母方の祖父は後藤新平、父は鶴見祐輔。獄中転向で知られる佐野学とも縁戚関係がある。子供の頃、張作霖爆殺の張本人が日本軍だと書生たちが噂するのを聞いている。アメリカでは、都留重人、ライシャワーと知り合い、日米開戦後の交換船がまた一幕の舞台を提供する。この舞台での出来事が横浜事件や戦後のマッカーシー旋風と細い糸でつながっていく。
 伝記作家の対象となりうる人物は限られている。例えばケインズの伝記は書きやすいが、ハイエクの場合はなかなかそうはいかない。外界との接触面を多く持ち、外界に積極的に働きかける活動的人間――バロック的人間と言おう――こそは伝記の格好の素材である。本書は鶴見俊輔というバロック的人間の多彩な人間関係と精力的な対外的活動を丹念に描き、主人公の人間的輪郭を際立たせる。
 外部への強い関心は思想家の「不良少年」気質と相まって、反権威主義、反アカデミズム、反普遍主義を育て、日常的な出来事、特殊なものへの興味をかき立てる。このような記事で埋められていく雑誌「思想の科学」を、後に丸山眞男は型やしつけを蔑視する内容主義だと批判する。このような批判が鶴見の思想に対する一撃となるのかどうか。さらに考えていかなければならないだろう。
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 くろかわ・そう 1961年生まれ。作家。著書に『かもめの日』、編著に『鶴見俊輔コレクション』全4巻など。