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「よりよき世界へ」書評 過去の構想を糧に飽くなき模索

評者: 石川尚文 / 朝⽇新聞掲載:2019年02月09日
よりよき世界へ 資本主義に代わりうる経済システムをめぐる旅 著者:ジャコモ・コルネオ 出版社:岩波書店 ジャンル:経済

ISBN: 9784000254724
発売⽇: 2018/11/27
サイズ: 20cm/366,4p

よりよき世界へ 資本主義に代わりうる経済システムをめぐる旅 [著]ジャコモ・コルネオ

 資本主義は浪費と不公正と疎外に満ちている――。憤る若者にこう迫られたらどう答えるか。「確かにそうだ。でも、代わりになる仕組みもない。社会主義の失敗を見てごらん」。こんなところだろうか。
 だが本書は、性急に代案なしとは決めつけない。過去の構想に改めて「理性的に向き合う」ことを提案し思考実験の旅を始める。
 トマス・モアの『ユートピア』やクロポトキンの無政府共産主義。そして計画経済型の社会主義。これらは市場を欠き、多くのニーズを満たすような効率的な資源配分がおぼつかない。
 そこで検討されるのが、旧ユーゴスラビアで試みられた自己管理型のシステムや市場を生かした社会主義だ。さらに、経営者や起業家の「やる気」を促すために、株式市場も活用する社会主義の構想も議論する。
 だが残念ながら、うまく機能させるためには複雑な仕組みが必要になり、資本主義を明らかに上回るとまでは言えないという。また、最近話題のベーシック・インカムも、財源や公正の観点から退けられる。
 結局たどりつくのは「人間の顔をした資本主義」としての「福祉国家を備えた市場経済」、つまりドイツや北欧のかつての姿だ。ここまでの複雑な検証に付き合ってきた読者は、やや拍子抜けするかもしれない。
 しかし本書の真骨頂はここからである。まず、福祉国家は「政治的な協議の舞台で繰り返し勝ち取られなければならない」と強調する。「資本主義は、福祉国家を異物のように破損する傾向がある」からだ。
 エピローグではさらに踏み込み、前段で触れた株式市場社会主義――企業の株式の一部公有――の部分的試行を提案をする。うまく回れば経済システムが次第に変化するという目算だ。具体策の補論も付される。
 提案への評価は分かれるだろう。だが、「よりよき世界へ」向けた著者の飽くなき模索には、現状の傍観を恥じさせる重みがある。
    ◇
 Giacomo Corneo 1963年、イタリア生まれ。ベルリン自由大教授(公共経済学・財政学・社会政策)。