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「サピエンス異変」書評 快適な生活が人体を変えている

評者: 長谷川眞理子 / 朝⽇新聞掲載:2019年02月23日
サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃 著者:ヴァイバー・クリガン=リード 出版社:飛鳥新社 ジャンル:生命科学・生物学

ISBN: 9784864106627
発売⽇: 2018/12/20
サイズ: 20cm/334p

サピエンス異変 新たな時代「人新世」の衝撃 [著]ヴァイバー・クリガン=リード

 19世紀の産業革命時代、労働者の多くは、背骨が曲がったり、機械にはさまれてけがをしたりしていた。人体は生活を反映する。
 では、21世紀の快適な文明に暮らす私たちのからだはどうだろう? 日中のほとんどの時間、オフィスビルの椅子にすわってパソコンなど使っている。美味しい物は安くふんだんに手に入る。おかげで、肥満や運動不足、近眼、腰痛が蔓延し、骨密度も低く、決して素晴らしいとは言えない。現代生活での不具合のほとんどは、私たちが欲する快適な生活こそが原因なのだ。それは、現代の文明生活が、私たちのからだが進化した舞台と、あまりにもかけ離れているからだ。
 人類は、およそ800万年前に直立二足歩行する生物として進化した。私たちヒトであるホモ・サピエンスは、およそ30万年前に進化した。この間ずっと、ヒトは、毎日歩き回りながら食料を手に入れてきた。
 それはどんな生活か? 獲物を追いかけたり、植物を探したりして、1日平均6時間ほど使う。活動のほとんどすべてが屋外で行われる。つまり、人体は、毎日移動する生活に適応したのだ。それが、農耕の発明によって定住が始まる。それでも、農耕や牧畜の労働は大変きついものだったので、初期農耕民の女性の骨密度は、現代人のアスリート並みだった。
 本書は、私たち自身が生み出した文明生活によって、人体がどれほどの不自然を強いられ、足も腰も手も目も、どれほど変形したかを教えてくれる。とにもかくにも、人体は歩き回るようにできているのだ。1日8~14.5キロメートル、1週間で10万歩が目安。ずっと座っているオフィスでの働き方を、「座業革命」と呼ぶのは言い得て妙。
 人間の活動が地球環境を大規模に変えるようになった時代を、地質年代として「人新世」と呼ぶことになった。人新世の暮らしは、私たち自身に跳ね返ってきているという警告である。
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 Vybarr Cregan―Reid 英ケント大准教授(環境人文学、19世紀英文学)。英米の日刊紙に寄稿多数。