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「社会科学と因果分析」 硬直した対立図式を刷新する

評者: 齋藤純一 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月30日
社会科学と因果分析 ウェーバーの方法論から知の現在へ 著者:佐藤俊樹 出版社:岩波書店 ジャンル:社会学

ISBN: 9784000613156
発売⽇: 2019/01/30
サイズ: 20cm/407,10p

社会科学と因果分析 ウェーバーの方法論から知の現在へ [著]佐藤俊樹

 本書は一石二鳥をねらう。つまり、M・ウェーバーの方法論をめぐる従来の誤解を解くとともに、社会科学とはどういう学問なのかを、彼の方法論の転換を通じて明らかにする。
 この転換に決定的な影響を及ぼしたのは、同僚の生理学者ヨハネス・フォン・クリースだった。本書は、ウェーバーが、クリースの確率的統計論のインパクトを受けとめ、従来彼の方法論の到達点とみなされてきた立場を脱していく様子をいきいきと描く。ウェーバーが、この転換を通じて到ったのは、歴史的な事象の間にある因果関係を経験的に特定する立場である。彼が、宗教倫理と資本主義との関係をどのような方法で分析しようと試みたのかも、はっきりと分かってくる。
 いま、社会科学の方法論は、百年にわたる試行錯誤を経て、「統計的因果推論」と呼ばれるアプローチに落ち着きつつある。本書は、この最先端の方法論が基本的な点でウェーバーのそれと変わらないことを強調する。何らかの因果関係を特定しようとする者は、変数の範囲や経路を予め限定している自らの仮定(価値解釈)に自覚的でなければならず、他方、その仮定のもとで行われる因果推論は、他者による検証を可能にする手続きに開かれていなければならない。
 このように社会科学の探究には主観と客観の両面がある。「質」的な分析と「量」的な分析とは相容れないかのように描かれがちだが、計量分析といえども価値解釈に依存しており、他方、個別の事象の質的分析も複数の事象間の比較対照を避けることはできない。質と量、主観と客観の硬直した対立図式はこの学術について誤った理解をもたらしてきた。
 価値解釈とウェーバーのいう「規範学」との関係などさらに知りたいとは思うものの、本書が、社会科学者としてのウェーバー像を刷新していることは確かだ。ウェーバーの学問的迫力は本書にも伝わっている。
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 さとう・としき 1963年生まれ。東京大教授(比較社会学)。『近代・組織・資本主義』『社会は情報化の夢を見る』。