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「冤罪 女たちのたたかい」書評 男社会の偏見に虐げられた心

評者: 武田砂鉄 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月06日
冤罪 女たちのたたかい 著者:里見 繁 出版社:インパクト出版会 ジャンル:司法・裁判・訴訟法

ISBN: 9784755402920
発売⽇: 2019/02/14
サイズ: 19cm/348p

冤罪 女たちのたたかい [著]里見繁

 「女性問題」と称される時の多くは「男性問題」であり「社会問題」なのだが、女性についての問題、と押しつけておくことで矮小化が続く。その軽視が悪習であることを認めずに、その件についてはまた今度、と先延ばしにする世を変えなければいけない。
 「犯罪の陰に女あり」と言われるが、数々の冤罪事件を取材してきた著者に言わせれば「冤罪の陰に女あり」。安直に男女で区分すべきでもないが、支援者にしても男性は「勝利」に固執し、女性は「心の安らぎ」に重点を置く。人間としての営みを回復させることに力を注ぐ女性たちがいた。
 自らの冤罪を晴らすために闘った女性、そして誤認逮捕された男性のために奔走した女性を追った本書は、検察官や裁判官の濁った目の奥にある女性蔑視を明らかにする。徳島ラジオ商殺し事件の冤罪被害者・冨士茂子は、結婚に失敗した女がようやく手にした男の情事に嫉妬して殺害を企てたという、偏見で構築された物語の被害者となった。メディアも、「嫉妬に狂った女の凶行」と加担した。
 袴田事件の袴田巌の姉・秀子は自分が死した後に弟が出てくることがあるかもしれないと、住まいを用意して待っていた。二〇一四年に再審開始が決定したが、昨年、その再審開始決定が取り消された。支援者は、裁判所は高齢の当人が死ぬのを待っているのではないかと口を揃える。拘禁症に悩む弟が夕陽を眺める姿に希望を見出し、「長生きしてくれりゃあいいんです」と漏らす姉。穏やかな暮らしもまた、抵抗の証だ。
 怪しげな人物を調べる、無理やり自白させる……検察を妄信する裁判所によって冤罪が生まれる。帯で、冤罪の土壌は男社会にある、と断言した意味が具体的な事例から次々と見えてくる。偏見に殺されかけた女性たちの闘いの記録が、この社会が誰を優遇し、虐げる社会なのかを明らかにする。冤罪の陰に女あり。その闘いに正義を教えられる。
    ◇
 さとみ・しげる 1951年生まれ。テレビ記者を経て、関西大社会学部教授。『死刑冤罪 戦後6事件をたどる』など。