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「アメリカの恩寵」 流動性が多様な人々の架け橋に 朝日新聞書評から

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月06日
アメリカの恩寵 宗教は社会をいかに分かち、結びつけるのか 著者:ロバート・D.パットナム 出版社:柏書房 ジャンル:社会学

ISBN: 9784760150755
発売⽇: 2019/02/12
サイズ: 22cm/673p

アメリカの恩寵 宗教は社会をいかに分かち、結びつけるのか [著]ロバート・D・パットナム、デヴィッド・E・キャンベル

 アメリカ人はきわめて宗教的である。本書にある調査によれば、8割を超えるアメリカ人が宗教に参加し、4割がほぼ毎週宗教礼拝に出席していると回答する。そして8割が神の存在に絶対的な確信を持っており、自分を無神論者であるとする人はかなりの例外である。日本の読者にすれば不思議に思える数字だが、アメリカ社会を理解するために必須の情報であろう。
 とはいえ、まったく変化がないわけではない。長期的に見れば、宗教的なアメリカ人はますます宗教的に、宗教的でない人はますます非宗教的になっている。もっとも宗教的なのは高齢のアフリカ系アメリカ人女性で、南部の小さな街に住んでいる。これに対し、もっとも宗教的でないのは若年のアジア系アメリカ人男性で、北東部の大都市に住んでいるという。
 このような傾向を分析することで、背後にあるアメリカ社会の変化を社会科学的に追究したのが本書である。大著ではあるが、具体的な事例や興味深いトピックが多く、読んでいて飽きない。一例を挙げれば、近年、もっとも宗教的なアメリカ人の多くは共和党支持で、もっとも宗教的でない人々の間に民主党支持者が目立つ。宗教をめぐる態度の違いが政党支持と密接に結びついているのである。
 しかしながら、昔からそうだったわけではない。1960年代のベビーブーマー世代に、大きく宗教離れの傾向が見られたのに対し、これに警戒感を覚えた人々の宗教保守主義が70年代以降に台頭する。このような趨勢をよく捉えた共和党によってレーガン革命が実現するが、ミレニアル世代はこれを嫌い、再び世俗化へと向かいつつある。若者の宗教離れが続けば、宗教的なアメリカ社会のイメージも変わるかもしれない。
 本書の分析はさらに、宗教とジェンダー、エスニシティの関係を丁寧に分析する。同時に、宗教的な態度が人種差別や社会政策にどう影響しているかを検討する。著者たちによれば、全体的にアメリカ人は人種的に寛容になっているが、それでも人種差別に対する取り組みにはなお、宗教グループにより温度差が残っている。
 かくも宗教的に多様なアメリカ社会は、分断へと向かっているのか。多様な人々から成るアメリカ社会において、各集団は自らのアイデンティティを確認するために宗教へと向かう。しかし、その一方で、人々はばらばらになるのではなく、むしろ長期的には他のグループ出身者と知り合い、友人になり、さらには結婚する。社会的流動性こそが、やがては異なる宗教間の橋渡しをすることを「アメリカの恩寵(おんちょう)」と呼び、それを実証的に示しているのが印象的である。
    ◇
 Robert D.putnum 1941年生まれ。ハーバード大教授。元同大ケネディ行政大学院学長。著書に『孤独なボウリング』▽David E.Campbell 1971年生まれ。ノートルダム大教授。本書でウッドロウ・ウィルソン基金賞。