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「グリーンスパン」書評 行動の人ではなかった「巨匠(マエストロ)」

評者: 石川尚文 / 朝⽇新聞掲載:2019年05月18日
グリーンスパン 何でも知っている男 著者:セバスチャン・マラビー 出版社:日本経済新聞出版社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784532176563
発売⽇: 2019/03/27
サイズ: 22cm/902p 図版24p

グリーンスパン 何でも知っている男 [著]セバスチャン・マラビー

 「至高の存在」から「悪党」へ。米国の中央銀行に18年余り君臨したアラン・グリーンスパン氏の世評は、リーマン・ショックを前後する数年で急落した。
 米経済の黄金期の舵取り役と称賛された「マエストロ」が、なぜ危機の真犯人として指弾されるに至ったのか。本人への長時間のインタビューを含め、膨大な取材を基に書かれた本書は、重厚な評伝であると同時に、なお余波の続く金融混乱の根源に迫る大作だ。
 若き日のグリーンスパンは、経済活動でも自由を至上とするリバタリアンのサークルに属していた。そのイデオロギーが、強欲な金融機関の利益追求の放置を許し、バブルを生んだーー。そうした短絡的な理解を、本書は彼の歩みを綿密に跡づけることによって、はっきりと退ける。
 在野のエコノミスト時代から、経済分析にあたってはデータを重んじる実証主義者であった。一方で、ニクソン時代以降のワシントン生活では、受け身的ではあれ政治的立ち回りを優先する現実主義者であった。
 金融の不安定化がもたらすリスクを、彼は学界に先駆けて認識していた。著者はそのことを、1959年に書かれた彼の論文を掘り起こして裏付ける。中央銀行トップに就任後も市場の過熱や規制の不備にしばしば懸念を示していた。
 市場の不合理を含め「何でも知っている男だった」。経済の観察、分析、予測では文句ない成績を収めた。だが、最後に危機を見過ごした。それは「行動の人ではなかった」からというのが本書の診断だ。
 現実的であるがゆえに、政治的勝算の薄い規制強化には乗り出さなかった。「バブルとの闘い」と「物価の安定」では、よりたやすくみえた後者を重んじた、というのである。
 金融政策のあり方をめぐる指摘には異論もあるかもしれない。だが、一人の人物への「根拠なき熱狂」の解剖として、本書は重い教訓を引き出している。
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 Sebastian Mallaby 米外交問題評議会上級研究員・ジャーナリスト。著書に『ヘッジファンド』など。