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「ディスタント」書評 確かにあった愛の微熱の記録 朝日新聞書評から

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年06月01日
ディスタント 著者:ミヤギ フトシ 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309027968
発売⽇: 2019/04/16
サイズ: 20cm/282p

ディスタント [著]ミヤギフトシ

 哀しくて、切ない。こんなに近くにいるのに、愛している、の一言が言えなくて、そのまま会えなくなってしまう。あのとき、どうすればよかったのか。そして貴重な一瞬を反復するように、写真家となった主人公は、愛の光景を演じてはフィルムに収め続ける。
 3本の中編連作で綴られるのはこんな物語だ。沖縄の離島から、病気の母親と一緒に那覇に移住した小学生の主人公は、同じクラスのクリスと出会う。アメリカ人の父親を持つ混血の彼に主人公は惹かれていく。気づけば色素の薄い彼の髪を、肌を、緑色の目を見つめている。彼の家に通ってアメリカ映画を見るほど親しくなるが、結局、主人公は家族と離島に帰ることになる。
 彼がまた那覇に戻ったのは、高校生になってからだ。一人暮らしを始めた主人公は、タワーレコードで偶然、クリスと再会する。部屋で音楽を聴き、酒を飲み、たわいない時間を共有する。沈黙さえも快い。だが同性であるクリスに、主人公は愛を告白できない。そうして関係が壊れるぐらいなら、曖昧なまま、一瞬一瞬を味わうだけでいいじゃないか。けれどもそんな時間は、クリスに彼女ができて突然終わる。
 自分が楽に自分でいられて、好きな人と愛し合える場所はないのか。那覇を出た主人公は大阪、ニューヨーク、東京と移り住む。故郷からできるだけ遠くに。知っている人が誰もいない場所へ。そして気づけば、自分が誰かを問い続ける写真家になっている。
 1981年生まれのアーティストである、ミヤギの描く男性の身体はなまめかしい。「振り向きざまに、四本の細い指に目を奪われた。優雅な曲線を描く指が酔いの中で揺らいだ」。主人公の目は、愛撫するように項(うなじ)や顎(あご)の線をたどる。級友のTシャツ越しの背骨に見とれる。男の美しさをこんなふうにつかみ取れるのか、と思う。
 僕が好きなのはこのシーンだ。クリスと会えなくなる直前、公園で彼が主人公に触れる。「載せられた手の感触を記憶しようと両肩に意識を集中する。でも、秋の乾いた空気が首筋を撫でて、そこにあった微熱のようなものを感じる前に奪い去ってしまった」
 あのときの微かな熱は、確かにそこにあった。そして『明るい部屋』でロラン・バルトが言うように、もう消えてしまったが確かにそこにあったものを写し取れるメディアが写真だ。
 いや、もう一つある。小説は一つの世界を形作って、感情を保存してくれる。おそらく本書こそ、主人公が自分自身でいられる場所なのだろう。人が人を愛する、という単純なことを正面から扱った力作だ。
    ◇
 1981年、沖縄県生まれ。ニューヨーク市立大卒。現代美術作家として個展「How Many Nights」など。国籍やアイデンティティーについて映像、オブジェ、写真などで作品を発表。本書が初めての小説作品。