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太田明日香さん、大阪・肥後橋の「Calo Bookshop & Cafe」に連れてって

写真・文:平野愛

淀屋橋駅で待ち合わせ

 まだ5月だというのに、夏がもう始まってしまったような日だった。

 大阪のビジネス街、淀屋橋駅。大阪を南北に結ぶ地下鉄・御堂筋線と、京都へ向かう京阪電車が重なり合う場所だ。ここに来ると、いつも見上げるこの看板。気温は29℃。待ち合わせ場所となる1番出口で太田さんと合流。暑いが気持ちいい。風のせいだろか。

 「少し遠回りをして行きましょう」と橋の窪みに立つのが、太田明日香さん。太田さんは、兵庫県の淡路島生まれ。大阪には4年ほど住んだことがあるそう。現在は関西で暮らしながら、ライター・編集者として活躍中。当サイトでもインタビュー記事を中心に執筆されている。 

 橋からは「中央公会堂」が今日もどっしりと。大正時代に作られ、今もコンサートホールや市民の集まる場として活躍している。2002年には国の重要文化財にも指定された。いつ来ても、ついつい眺め続けてしまう風景だ。

 太田さんが指差す先、木立の隙間に「大阪府立中之島図書館」。その左隣には「大阪市役所」が見える。

 「中之島図書館は3年前にリニューアルして、とても過ごしやすくなりましたよね。時々調べものをしに行ったり、考え事をしに行ったりしています」

 中央図書館の壁に緑がよく映える。清々しい。図書館の窓の向こうには、デンマークのオープンサンドをテーマにしたカフェ「スモーブローキッチン」の灯りが見えた。市役所を過ぎて、御堂筋を渡ったところからはじまる 「中之島緑道」。ここから肥後橋までの400メートルの間で、『愛と家事』ができるまでのことを聞いてみることにした。

『愛と家事』のこと

 太田さんは2018年1月に初の自伝的エッセイ『愛と家事』(創元社)を刊行した。
“家族をつくることに失敗した”…そんな書き出しで始まるこの本は、最初の結婚、失恋、母との葛藤がドギマギするほど赤裸々に綴られている。

 「再婚当時は、毎晩うなされていたんですよ。見る夢、見る夢、前の結婚時代のことが出てきて。今は幸せなのに、なんでうなされるんだろうって悩みました。『愛と家事』はそれで書き始めたところもあったんです。辛かった4年前の過去の自分に、”あと4-5年経ったらハッピーになるよ。大丈夫。”と念を送るような気持ちですね。

 (写真家の)植本一子さんの『かなわない』のZINE版がとても好きで、それで私も最初はZINEで短編を書きました。それがきっかけで出版社から声をかけていただけて、書籍化することになって。植本さんには帯文を書いてもらえて、とても嬉しかったですね」

 「被害者であるということと、被害者意識を持つということは違う。それに気づかせてもらったのが、(文芸評論家の)千野帽子さんの『物語は人生を救うのか』(筑摩書房)です。最近読んで、過去に対するわだかまりが、被害者意識からくる部分もあると気付きました。今では、だんだん色んな記憶が薄れてきました。久しぶりにこうして、何のためらいもなく話せているのもよかったです(笑)」

 4年前に何があったのかは、詳しくは本を読んでもらうとして、私が一番印象的だったのは “愛に失敗したなんて、人として何かが欠けているようで受け入れたくなかった”太田さんが、何とかしようと立ち向かう姿だった。どんなに辛くても、愛を諦めていないことだった。

Calo Bookshop & Cafeへ

 400メートルの緑道を抜け、肥後橋に到着。ビルとビルの間に入り込む急カーブの高速道路。「何だかジェットコースターみたいでこの風景、好きなんですよね。あ!イチョウ。確か、大阪のシンボル植物ですよね?」と調べ始める太田さん。私は全く知らなかったが、大阪の木だそうだ。

 いよいようっすら先にCaloのあるビルが見えてきた。その前に、パン屋[ブーランジェリータカギ]の赤い屋根に惹かれて入る。

 「我が家の金曜日はパンを買う日なんですよ。土曜日の朝いっぱい寝たいから、買っておくんです。明日の分、買わせてもらいますね!」

 なるほど。とてもきっちりとした生活のリズムが、パンを選ぶ後ろ姿から垣間見えた。そういえば、確か太田さんは朝型生活だと以前聞いたことがあった。原稿を書くのも基本的には朝か昼だそうだ。

 トレーには、色々なパンとカヌレ、それぞれ二つずつ乗っていた。

 日が傾き始めた午後4時。淀屋橋駅からだと、まっすぐ向かって10分ほどのところ、私たちはきっかり1時間かけてCalo Bookshop & Cafeに到着。Caloは大阪の独立系書店のパイオニア的存在として、15年前から変わらず、この若狭ビルの5階で営まれている。いつしか他の階のテナントは入れ替わり、今では全てアートギャラリーが入るという珍しいビル。手書きの看板が目印。エレベーターもある。ピュンと上まで。 

 エレベーターを降りて、すぐ右手に入り口。手前にはカウンターとギャラリー、奥が本の売り場とカフェスペースになっている。洋書からリトルプレス、建築・写真・アート・デザインのビジュアル書と関連する書籍やグッズを中心に店主の石川あき子さんがセレクト。『愛と家事』はZINEの頃から(現在は完売)、書籍も刊行当時からコンスタントに取り扱っているとのこと。そんな石川さんの最新のセレクト本について聞いてみた。

 「インドネシアの”トロピカルモダン建築”を集めた写真集『レトロネシア』ですね。20年ほど毎年インドネシアを旅しているんですけれど、たまたま現地の本屋さんで見つけて、あれ!?これって日本のBMC(ビルマニアカフェ。1950-70年代のビルをこよなく愛するプロフェッショナルチーム。著書に『いいビルの写真集』、最新刊には『特薦いいビル 国立京都国際会館』がある)がやってることと一緒じゃん!って思ったんですよ。で、最初はBMCの岩田(雅希)さんのために買って帰って、その後、直接版元と交渉してインドネシア以外で初の輸入発売元になりました。今、一生懸命、取扱店を広めているところです(笑)」

 何だか味わい深くて温かい紙質。インド系でジャカルタ在住の環境学者のタリク・ハリールさんが、インドネシア各地をフィルムカメラ片手に撮り歩いてるのがいいし、そしてそれを語ってくださる石川さんの熱量がまたすごくいい。

 そんな石川さんの作るカレーやケーキのファンも多く、お昼時は近くで働くOLさん達で賑わう。また、毎日様々なジャンルの作家たちも納品や息抜きに顔を出すという。ちょうど、絵描きの尾柳佳枝さんも来られていた。そんな店の営みを眺めながら、太田さんは話す。

 「フリーランスだと一人で仕事をして、孤独感が強いんですけれど、Caloがきっかけで知り合った人は気の合う人がたくさんいて、いつも刺激をもらっています。昨年は各地で『愛と家事』のトークショーをさせてもらったんですが、Caloの時は、他にはないホーム感のようなものを感じました。こういうお店があって本当によかったなって、思いました」

 「今はサウダージブックスのWEBマガジンで、月に一回、カナダに住んでいた時のことを書いています。自分が外国人になることは、マイノリティーを経験することでもあるんですよね。その上での暮らしについて。当時撮影した写真の他に、詩も添えたエッセイです。いつか本にしたいんですよね!」

 追加入荷したばかりの著書に、サインを書きながら嬉しそうに話してくれた。日も暮れてきたので、いよいよサヨウナラを。パンの入った袋を片手に、ゆっくり階段を降りていく太田さんを見送った。

 またいつの日か、私を本屋に連れてって。