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「テクストと映像がひらく教育学」書評 多彩な素材から普遍的課題を見る

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2019年06月22日
テクストと映像がひらく教育学 著者:倉石 一郎 出版社:昭和堂 ジャンル:教育・学習参考書

ISBN: 9784812218068
発売⽇: 2019/04/11
サイズ: 21cm/302p

テクストと映像がひらく教育学 [著]倉石一郎

 教育の語り方といえば、高邁な理想を掲げるか、様々な問題点を告発するか、あるいは実践的な提案をするか、になりがちだ。でも本書の語り方は、これらのどれとも違う。読んでいて、思考がのびのびとほどけていく思いがしたのは、そのせいだ。
 本書は小説や記録文書などのテクストと、映画などの映像を素材として、教育という営みに伴う光と影を、幅広い時間と空間を縦横に行き来しつつ論じる。
 取り上げられる素材は、漱石の『坊っちゃん』、『第一次米国教育使節団報告書』、文集『山びこ学校』、映画『いまを生きる』『キャリー』『スタンド・バイ・ミー』『暴力教室』などポピュラーなものもあれば、『民族的自覚への道』、8ミリ映画『たたかいは炎のように』など、歴史の中で埋もれかねない渋いものもある。
 これらが12の章にバランスよく配置され、それぞれの素材で描かれている事柄が、その時代や社会の背景の解説とともに、教育をめぐる普遍的な課題と結び付けて考察される。補助線として社会学の理論や概念が折々に挿入され、具体と抽象との往復に読者を巧みに誘ってくれる。
 たとえば、1940年に刊行された実践記録『女教師の記録』を取り上げた章では、人件費節約のために増やされた女性教師が、「母性」を遺憾なく発揮することにより、地域の衛生管理や食生活をも支配してゆく過程が描かれる。
 また、映画『ドリーム』は、科学技術の普遍性が露骨な人種差別を圧倒してゆく事例として論じられる。しかし現代では、高スキルの人間でさえAIに取って代わられるおそれがあり、教育だけで社会課題は解決されないという警鐘を、著者は忘れない。
 著者の筆は、教育にかかわる抑圧や排除と、それをはねのけようとする側との生々しい攻防を描くときに、もっとも冴えわたる。教育とはアリーナなのだ、改めてそう実感した。
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 くらいし・いちろう 1970年生まれ。京都大教授(教育社会学)。著書に『増補新版 包摂と排除の教育学』など。