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「セレモニー」書評 権力欲と性描写に反骨の精神 朝日新聞書評から

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2019年06月29日
セレモニー 著者:王力雄 出版社:藤原書店 ジャンル:アジアの小説・文学

ISBN: 9784865782226
発売⽇: 2019/04/25
サイズ: 20cm/441p

セレモニー [著]王力雄

 王力雄は中国きっての反体制作家であり、かつて日本で出版された大著『黄禍』は当初1991年、台湾で出たのち多くの国で翻訳され、我が国ではあまりの厚さのため、読者に受け入れやすいようにという出版社側の提案で作家自身が枚数を六割に減らした状態で書店に並んだ。それでもぶ厚い。
 ちなみに内容は中国共産党総書記が暗殺され、内部で複雑きわまりない暗闘が起こり、それが果てはアメリカとロシアにまで影響して悲惨な世界全面核戦争へと至るという、とんでもない規模で描かれた、まごうことなきディストピア小説である。重要なのは、中国の混乱が巨大な難民問題を世界に突きつける点だ。早すぎた予言と言っていい。
 「はじめに」に「小説らしさへの配慮は私にとって重要なことではなかった」とある通り、まるで娯楽映画のような奇想天外な筋書きなのだが、しかし王力雄が中国政府内部、あるいは世界政治の力関係を徹底的に調べた上での作品なのは確かである。
 王はその後、四年をかけて『伝世』という大長編小説を書き始め、途中までをネットで発表したのち、連載を中断。その後に書かれたのが今回の『セレモニー』だ。
 「この政治SF小説の内容が、〈中略〉社会に現実として起こることを望んだから」と、王は『伝世』中断の理由を述べているが、彼は中国政府崩壊の可能性を探りつくし、それが〝現代テクノロジーと権力〟の関係を前提としなければリアルではないと思考して、新しい小説に移ったのだろう。
 作者自身は『セレモニー』を「さらに深々とした、悲観」と書いているけれど、そのSFは「IoS(靴のインターネット/Internet of Shoes)」などという皮肉の利いた設定を基底にして始まる。今、ビジネス誌などが持ち上げる「IoT(モノのインターネット/Internet of Things)」の変型である。
 人民が誰も知らぬうちにすべての靴にセキュリティ識別子が付けられ、行動が逐一監視される世界。そこでは「不倫」も簡単に判明してしまう。靴がどこに脱がれているか、あるいは二組の靴の位置と動きで誰と誰がどんな行為をしているかがわかるからだ!
 その「IoS」を陰で開発している(政府内部でも情報は誰が握っているかわからない)冴えない主人公・李博はやがて信じられない人物の秘密を知ってしまい、国家転覆の計画に巻き込まれる。
 ぎらつく権力欲と、生々しい性描写。その意味では、やはり反体制作家・閻連科(イェンリェンコー)の作品にも共通するものを感じるのだが、彼らの勇気と反骨が人間そのものの力から来ているとすれば当然のことだ。
    ◇
 Wang Lixiong 1953年、中国・長春市生まれ。作家、民族問題研究者。中国の民主化運動「民主の壁」に参加。94年に環境NGO「自然之友」創設。邦訳された著作に『私の西域、君の東トルキスタン』など。