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江國香織「彼女たちの場合は」書評 心開いて人と出会う 米国の旅

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月06日
彼女たちの場合は 著者:江國香織 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087711837
発売⽇: 2019/05/02
サイズ: 20cm/472p

彼女たちの場合は [著]江國香織

 目の前にいる人に心を開く。こんな単純なことができなくなった逸佳(いつか)は不登校になり、高卒認定試験に合格し、アメリカの大学に留学する。それでも彼女は落ち着かない。全米を見て回りたい。17歳の彼女は黙ってホームステイ先から14歳の従妹の礼那を連れ出す。
 英語が話せない逸佳と、まだほんの子どもの礼那の2人組。もちろん親たちの心配は尽きない。だが彼女たちは、ヒッチハイクをし、バスに乗り、ニューヨークから南部を越えて、西部まで旅していく。
 逸佳が礼那に教わるのは、米国社会や英語についてだけではない。人との関わり方そのものだ。無邪気さと素直さを武器に、人種や年齢を問わず、礼那は次々に話しかける。そして嘘がいけないのは「淋しくなるからだよ」と告げる。
 他人との境界線が薄いのは、彼女たちが出会う人々も同じことだ。自転車にはねられた老婆は、たまたま居合わせた2人に自宅の管理を任せる。その孫娘は、お金のない2人をアパートに住まわせ、ライブハウスでの仕事を逸佳に紹介する。
 長い旅の中で、子どもはこうすべき、女性はこうすべきといった読者の思い込みは徐々に解きほぐされていく。そして逸佳はクリスと出会う。彼と話しながら、「安心で十全で、余分なものの一つもない感じを」味わう。そのとき言語や国籍の違いなど問題ではない。
 名作『神様のボート』などで、江國は人と人とがどう関わり得るのかを探究してきた。本書に出てくる自然や人々はとにかく優しい。自分は自分のまま、ここにいていいんだ。周囲から肯定され続けた逸佳は、やがて自身も相手を肯定できるようになる。
 江國の描く米国はリアルだ。バス発着所の雰囲気も、人々の持つ空気感も、常に厚みと説得力がある。本書を読むと、彼女の作品の核に、もう一つの場所としての米国が存在してきたことがよく分かる。
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 えくに・かおり 1964年生まれ。作家。『号泣する準備はできていた』で直木賞など。童話や翻訳も手がける。