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「科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか」書評 専門職としての倫理と責任と

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月06日
科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか 著者:池内了 出版社:みすず書房 ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784622088141
発売⽇: 2019/05/25
サイズ: 20cm/252,6p

科学者は、なぜ軍事研究に手を染めてはいけないか [著]池内了

 本書を著すきっかけは、若い学生たちに軍事研究への警戒心がなく、むしろ資金面で歓迎しているとの声に危機意識を持ってのことだという。なぜ軍事研究に手を染めることが危険なのか、著者の説得は単に科学論にとどまらず、教育論、大学論、科学者の良心論、さらには文明論、防衛論にまで及んでいる。いわば警世の書でもある。
 第1次、第2次世界大戦の折に、人類は、自らを絶滅せしめる兵器を生み出す。毒ガスとウラン爆弾である。それはどのような科学者たちによって作り出されたのか、著者は具体的に戦争と科学の関係を描写する。毒ガスを考案したフリッツ・ハーバーとドイツ軍との結びつきを見ていき、「科学者も祖国に奉仕すべき」だとの科学者像があったと説く。やがてヒトラーの時代には、ハーバーはユダヤ人ゆえに国内から追放される。科学者の自律性を捨て、国家と自らを一体化した悲劇、と著者は見るのである。
 ウラン爆弾にしても、ナチスに協力したハイゼンベルクは、戦後になって虚言を弄し自己弁護している。科学者が戦争に協力する際の弁明(例えば「軍事研究は科学の発展に寄与する」とか「作った自分に責任はなく、使った軍が悪い」とか)を、著者は覆していく。
 結局、科学者が責任を取らないのは、「軍に押しつけておけば軍が責任を取ることはないと知っているため」とも断じている。
 科学や技術の発展につながるという「単細胞的な発想」から抜け出す、専門職(プロフェッション)としての科学者、研究者のあり方についての指摘は貴重である。誇りや責任感を持たない技術屋に堕するのを防ぐ倫理を、著者は具体的に述べている。日本の現在の軍事研究を俯瞰しながら、防衛装備庁の文書の矛盾や、本音と建前の使い分けを指摘する著者の論述には重い響きがある。
 軍事力依存の自衛論反対という信念が、本書を一般向けの書にしている。
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 いけうち・さとる 1944年生まれ。総合研究大学院大名誉教授(宇宙物理学)。著書『生きのびるための科学』など。