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「政治的イコノグラフィーについて」書評 「ゲルニカ」反ファシズムの情念

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月27日
政治的イコノグラフィーについて 著者:カルロ・ギンズブルグ 出版社:みすず書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784622088158
発売⽇: 2019/06/11
サイズ: 20cm/247,8p

政治的イコノグラフィーについて [著]カルロ・ギンズブルグ

 本書は、名作『チーズとうじ虫』の著者による論文集である。書名のイコノグラフィー(図像学)とは、描かれた図像の持つ意味を判定、探究する学問のことであり、著者は分析道具として、著名なドイツの美術史家、アビ・ヴァールブルクが提唱した「パトスフォルメル(情念定型)」という概念を使っている。「情念定型」とは難しい言葉だが、「古代から引き出された情動的身振り」と言えば少しはわかりやすいだろうか。おそらく本書の五つの試論を読み込む方が理解は早いだろう。
 ダヴィッドが描いた「マラーの死」という有名な絵画(本書の表紙)がある。ボードレールはその絵を見て「神々しいマラー(中略)胸は瀆聖(とくせい)の傷に貫かれて」と書いたが、キリスト教的な暗示がそこには込められている。フランス革命の前に古代ローマの「ホラティウス兄弟の誓い」を描いて共和主義のエートスを先取りしていたダヴィッドは、国民公会の書記から議長になり革命政治の振付師の役割を担った。イエスや古代ローマばかりではなくロココ文化の身振り(ピエール・ルグロの彫刻)からもダヴィッドは着想を得ていた。こうしてマラーは死後、崇拝の対象となったのだ。
 ドイツ軍、イタリア軍による空爆に抗議して描かれたピカソの「ゲルニカ」。著者はミケランジェロ、フュースリーやアングルらをひいてゲルニカに至る情念定型の系図をあぶり出す。また時期を違えてピカソと同じ女性を愛したバタイユは、ファシストの悲惨と戦うためには悲劇と死によって結ばれた共同体を必要とすると述べたが、ゲルニカには敵のファシストが不在で悲劇と死によって結ばれた人間と動物の共同体が描かれている。2人が同じ着想を得たことが面白い。
 本書は少し難解かもしれないが、イメージ(図像)が持つ政治的効果を多くの図版によって多義的に読み解いていくプロセスには、心底うならせられた。
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 Carlo Ginzburg 1939年イタリア生まれ。歴史家。ピサ高等師範学校教授。著書に『ミクロストリアと世界史』など。