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歌人・高田ほのかの短歌で味わう少女マンガ 水城せとな「世界で一番俺が〇〇」

世界で一番○○な場所

水城せとな先生のマンガに出てくる登場人物はリアルだ。

それぞれのキャラクターが発する、ときに情けない、ときに切実なセリフに共感や憤りを感じつつ、しかしなぜだろう。その全てが計算しつくされている雰囲気をひんやりとまとっている。ひとつひとつのセリフを完璧にコントロールして描いているように思えてならないのだ。

完璧なのはセリフや心理描写だけではない。女の子のおへその形、あごに伝う雨の質感、手書き文字の大きさや入れる位置、カレーに差し込まれたスプーンの傾斜の角度に至るまで、その細密なタッチから生みださせる全てが完璧に美しい。

漫画家さんには、キャラクター自身が自由に動くのに任せて描くタイプと、書き始める前に脳内ですでに完結しており、その結末に向かって描き進めるという2タイプがあるらしい。わたしは小学生の頃から現在に至るまで20年以上読んできた傾向として前者が好きっぽいなということが分かっているのだが、水城先生のマンガは別だ。先生が完璧に創造した世界に丸飲みされ、どこまでも深く沈んでしまいたい。

「いい短歌を詠むコツは?」と聞かれると、「一本の木を詠む場合、真っ正面から木全体を見るのではなく、斜めから見上げて葉の葉脈を観察したり、近づいて枝の手触りを感じるなど、自分だけの視点で描くことです」と偉そうなことを言ったりするのだが、先生のマンガはまさに人間を裏から斜めから徹底的に観察し、その本質を突いてくる。

2巻で、仕事で疲れた柊吾が帰宅するとDQ(絶望指数)を測定するミライのエージェント773号(通称 ナナミ)がソファーで無防備に寝ていた。
その場面がこちら。

「世界で一番俺が〇〇」2巻から ©水城せとな/講談社
「世界で一番俺が〇〇」2巻から ©水城せとな/講談社

1コマ目 窓越しの夜景、その前にあるソファの質感
2コマ目 柊吾のアップの大きさ、頬への光の当てかた
3コマ目 ちょうど真ん中に描かれたナナミの唇の開き具合
それに重なるように配置された過去を想起させるモノローグ
周到な画面設計から生みださせた完璧な美が、ここにある。

目を覚ましたナナミは、寝息をたてるしゅうごのDQを測定をする。

「世界で一番俺が〇〇」2巻から ©水城せとな/講談社
「世界で一番俺が〇〇」2巻から ©水城せとな/講談社

「世界で一番俺が〇〇」2巻から ©水城せとな/講談社
「世界で一番俺が〇〇」2巻から ©水城せとな/講談社

眠りいるかわいた頬に触れながらわたしの影をやさしく掛ける

誰かがいるだけで、いまここは世界で一番幸福な場所に変わるのだ。

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病院の血液検査でアミラーゼとリパーゼの数値が基準値を上回った。
みるみるうちに血の気が引き説明してくれる先生の声が遠ざかる。
待合室に戻り、震える指先で「アミラーゼ リパーゼ 高値」と打ち込む
アルコールの飲みすぎや脂肪の取りすぎが主な原因で―

    ポテトチップスか。

タバコを吸わずお酒も飲めないわたしの唯一の嗜好品がポテトチップスだ。
Yahoo!知恵袋に「ポテトチップス」と打ち込むと、2002年に「この先ポテトチップがなくても生きていけるでしょうか?」と質問している人がいた。
ああ…これは過去からきたわたしだ。

病院からの帰り道、ふらふらと自転車を停めセブンイレブンに入ると、突如としてカップラーメンやおにぎりがぐいぐい目に迫ってきて驚く。

……ああ、コンビニって食べ物ばっかりだったんだ。

不思議なようだが、なんでも食べられたときには感じられなかったひかりが、どの食べ物からも眩しいほどに放たれている。
これも、これもなんて美味しそうなんだ。

セブンイレブンのサラダチキン(ハーブ)を見つめて涙ぐむ私に、店員のお兄さんはいぶかしげな視線を送る。
すみません、怖がらせちゃって。
ただ、この場所が世界で一番悲しいだけなんです。