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「七つの殺人に関する簡潔な記録」書評 人物の語り 愉快に残酷に再現

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2019年08月10日
七つの殺人に関する簡潔な記録 著者:マーロン・ジェイムズ 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152098672
発売⽇: 2019/06/20
サイズ: 22cm/717p

七つの殺人に関する簡潔な記録 [著]マーロン・ジェイムズ

 「簡潔な記録」と題されているが、二段組みで七百ページほどある。すでにそこにユーモアというか皮肉というか、ホラ話めいた味わいが濃厚に生起している。
 がしかし、芯にあるのはある年代のジャマイカ、あるいはニューヨークなどのギャング事情である。次から次へとあらわれるクセのある人物たちはみな一人称で政治を語り、不良同士の抗争を語り、薬物依存と殺人と売春を語るのだ。
 中でもレゲエ好きなら伝説のように知っている76年の事件が本書の中心で、私も尊敬してやまない偉大な歌手ボブ・マーリーが暗殺されかかる。二大政党がふるいあう暴力を止めようと、彼は大コンサートに出演しようとして政治的に危険な存在となり、家を襲った者たちの銃弾を浴びる。
 奇跡的に一命をとりとめたボブ・マーリーは、なんと二年後に再び、今度こそステージに登場。本には出てこないが、敵対する党首二人を大観衆の前で握手させた映像は感動的である。
 本書の著者マーロン・ジェイムズはこの事実を核に、「歌手」を撃った男たちの語り、その周辺にいた白人ジャーナリストの語り、振り回される女たちの語りなどを、ジャマイカで生まれた混成言語パトワ(日本でもかつて辞書が出たものだ)の濃度の差、英語の訛りなどを駆使して書き尽くす。つまりこれは言語抗争の記録でもある。
 卑近な登場人物たちは各自、あらゆる立場を代表して語る。語りの間だけ、その話法は世界を圧倒し、黙り込めば彼らは無力そのものになる。だから人物は全員必死にしゃべる。その様子を徹底的に、愉快に残酷に再現する著者の筆力は驚くべきものだし、賛美は訳者の旦敬介へも向かう。
 語りの中には各年代のヒット曲や、当時ジャマイカ人を魅了したTVドラマなどが羅列される。米国文化がいかに中南米を凌駕したかがわかるが、その反対に中南米の薬物が米国を支配する姿も饒舌に語られる。
    ◇
 Marlon James 1970年、ジャマイカ生まれ。作家。本書でマン・ブッカー賞(2015年)などを受賞。