1. HOME
  2. 書評
  3. 「ジハードと死」書評 敗者が英雄に変身できる幻想

「ジハードと死」書評 敗者が英雄に変身できる幻想

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2019年08月31日
ジハードと死 著者:オリヴィエ・ロワ 出版社:新評論 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784794811240
発売⽇: 2019/07/03
サイズ: 19cm/221p

ジハードと死 [著]オリヴィエ・ロワ

 とても刺激的な論考だ。著者は20年余り前から欧州に拡大してきたテロリズムを、縦の系譜(コーランからウサーマ・ビンラーディンにいたるイスラームの暴力)ではなく、横の系譜(米国における銃乱射やカルト教団など)で説明しようと試みる。つまりテロリズムの根源にあるのは宗教ではないというのである。
 本書が半可通のイスラーム研究者の著作と一味違うのは、テロリストの膨大なプロファイルのデータを徹底的に分析していることだ。テロリストのほとんどがイスラームの信仰とは無縁の生活を送っており、例えばパレスティナへの具体的な支援はしていない。ではなぜテロリストは、シリアに出現したダーイシュ(イスラーム国=IS)にひかれるのか。それはダーイシュが二つの空想の世界が交差するところに位置しているからだ。昔ながらの宗教的空想(カリフ制国家)と、イスラームとは無関係な過激でニヒルなある種の若者文化(犯罪映画「スカーフェイス」やコロンバイン高校銃乱射事件を模した暴力の美学、ヒロイズム)である。新たな反逆者の選択の基準は、敗者がスーパーヒーローに変身できる展望だ。新しい過激主義者は既存の社会に対する憎しみの点で、かつての革命家などより徹底しており、相手を選ばない大量殺人の中で自分の死を渇望している。こうした死の志願者たちが、主義主張などなくても自分たちの絶望に世界的重要性を与えるシナリオをダーイシュからつかみ取っているのである。このように考えると、イスラームよりむしろテロリズムと京アニ事件などの相似性に気づかされて慄然とする。
 著者は、宗教的原理主義だけでは暴力は生み出されないと指摘する。実態を知るためには過激派に話をさせなければならない。だが今日、人は宗教のせいにして彼らの声を聞こうとせず、見知らぬ人のままでいるのを望んでいるのである、と警告している。
    ◇
 Olivier Roy 1949年生まれ。フランス国立科学研究センター主任研究員。中東・中央アジアの文化を研究。