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『親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか』書評 人々の宗教観で変わるイメージ

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月12日
親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか (筑摩選書) 著者:大澤 絢子 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480016850
発売⽇: 2019/08/08
サイズ: 19cm/227p

親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか [著]大澤絢子

 親鸞は日本史上、最も有名な宗教者の一人だろう。しかし浄土真宗関係以外の同時代史料で、親鸞の名を記したものは一つもない。明治時代には親鸞の実在を疑問視する研究者がいたほどである。本書はそんな親鸞の実像に迫るのではなく、あえて親鸞のイメージの歴史的変遷をたどった意欲作である。
 親鸞が公然と妻帯したことを画期的と評する意見はしばしば見られるが、親鸞自身は妻帯の理由を語っていない。著者によると、親鸞の妻帯が強調されるようになるのは江戸時代になってからだという。江戸幕府は僧侶の妻帯を厳禁したが、浄土真宗に対しては例外的に妻帯を認めた。浄土真宗の僧侶たちは自身の妻帯の根拠を親鸞に求めたのである。
 親鸞と言えば、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」などの名言で知られる『歎異抄』(親鸞の弟子の唯円の書)を思い浮かべる人が多いだろう。だが同書が浄土真宗で注目されるようになるのは、明治期以降である。罪深さを告白する親鸞の姿を『歎異抄』の中に見出したのだ。これは自己が抱える苦悩を親鸞に投影する新しい解釈であり、「(阿弥陀)如来の化身」とあがめられていた従来の親鸞像を相対化していった。
 倉田百三の戯曲『出家とその弟子』は、『歎異抄』をベースに、ひたすら善を求める人間親鸞を造形し、ベストセラーになった。これを受けて大正後期に親鸞ブームが発生する。この時期の作品の多くは、唯円を導く老師親鸞を描いた倉田と異なり、青年期に焦点を当て、親鸞が性欲に悩む場面まで創作した。吉川英治や五木寛之の『親鸞』も、この潮流の上にある。
 日本人は無宗教と言われるが、人生哲学を求めスピリチュアルなものに惹かれる人は多い。日本人の宗教観を知る上で、親鸞像の変遷は重要な鍵を握っていると感じた。
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 おおさわ・あやこ 1986年生まれ。大谷大真宗総合研究所PD研究員(宗教学)。『親鸞文学全集 大正編』を監修。