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「ブルース・リー伝」書評 夭逝のカリスマを創った心の不屈 朝日新聞書評から

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2019年10月19日
ブルース・リー伝 著者:マシュー・ポリー 出版社:亜紀書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784750516073
発売⽇: 2019/08/23
サイズ: 22cm/567p 図版16p

ブルース・リー伝 [著]マシュー・ポリー

 世界各国で「燃えよドラゴン」が大ヒットしたのが1973年だから、もう46年も前のことなのかと月日の早さに驚く。私は中学生になりたてで、周囲より少し遅れて映画を観た記憶があるが(まさに教室中が噂でもちきりだった。あんなことは二度とない)、プラスチックで出来たヌンチャクのおもちゃを買い、あれこれと振り回して強くなった気がしていた。
 当時何より我々を魅了したのは、あれだけのカリスマ性を持ったブルース・リーという東洋人が32歳で亡くなっていたことで、それもまさに「燃えよドラゴン」の公開の年の死なのだった。だからまるでついさっき死んだ人物が異様な顔つきをし、雄叫びを上げながらスクリーン上を動き回っているように感じたのである。
 夭逝という点で我々はひと世代前の英雄であるジェームス・ディーンを思い出したが、それはハリウッドという遠い地の話で、地域的にも時間的にもブルース・リーの死の〝近さ〟は衝撃だった。
 そして死因の謎。死んだ場所について様々な説が飛び交ったのも、ブルース・リーという人物をどこか宗教的な畏れをもって見る理由であったはずだ。
 さらに、彼がいなければ香港映画が今ほど世界的に認知されていないだろうし、ひいては娯楽映画におけるアジアの存在感も長く低いままだったのではないか。
 本書はそのブルース・リーの詳細な伝記である。
 500ページを超える大著は二段組みで、まず父・李海泉(レイ・ホイチュン)の子供時代から始まる。貧しい李少年は俳優として歌劇団で稼ぎ、やがて、ブルースの母となるグレイス・ホーと出会う。彼女は事業家の愛人の子供でイギリス人、ユダヤ系オランダ人、中国漢民族の血を受けていた。
 そこから伝記は長い時間をかけてブルースのやんちゃな子供時代を描き、喧嘩にあけくれる彼がその自己顕示欲を武道とダンスに注ぎ込んでいく姿を追う。
 詠春拳(えいしゅんけん)の師・葉問(イップマン、彼の生涯は香港映画になり、日本公開もされている)との関係の濃さ、弟子たちの中でめきめきと存在感を増していく様子、そして武道教室を作ることで自らの合理的な流派・截拳道(ジークンドー)を打ち立てていく流れなども細かく書かれており、そのあたりは若き宮本武蔵の姿でも見るような趣きがある。
 また、アメリカに渡るブルースが度重なる苦境の中でまるでへこたれない姿、どんな場所でも自己アピールを欠かさないマメさなども、周囲に生きた人々への詳細な聞き取りで再現される。
 結局、成功は一瞬しか彼に訪れていない。ゆえに読み終えて、その心の不屈を讃えることになる。
    ◇
 Matthew Polly 1971年米国生まれ。ノンフィクション作家、エール大特別研究員。中国・河南省の嵩山少林寺で門弟になり2年間修行。著書は、中国での修行体験をもとにした回想録(未邦訳)など。