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「モーガン夫人の秘密」書評 瓦礫のドイツ 憎しみから愛に

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月19日
モーガン夫人の秘密 著者:リディアン・ブルック 出版社:作品社 ジャンル:小説

ISBN: 9784861826863
発売⽇: 2019/09/10
サイズ: 20cm/401p

モーガン夫人の秘密 [著]リディアン・ブルック

 舞台は第2次世界大戦直後のドイツ、瓦礫の街と化したハンブルク。復興支援で送りこまれた英軍のモーガン大佐は博愛精神を発揮して、接収した豪邸の最上階に邸宅の主だったドイツ人の父娘を住まわせる。次男をつれて本国からやってきた大佐の妻レイチェルは、目の前で長男を爆撃で失った経験からドイツ人への憎悪をむきだしにする。ところが……人の心は変わる。愛憎は裏表。憎しみはいつしか形を変えて……。
 ――と、あらすじの一端からわかるように、本書は大戦をモチーフにした典型的なメロドラマだ。すでに映画にもなっているとか。敵対する男女のめくるめく不倫の恋……既視感は否めないけれど、それはそれでほどよく五感が刺激されてエロチック。
 え? 今さら恋愛物には興味なし? そんなあなたにも一読の価値はある。
 ドイツは日本同様、敗戦国だ。しかも最初から戦場だった。本(もと)を正せばアングロサクソンもゲルマン民族の流れだから、英独の確執は肌や髪の色が似通っているだけに複雑で根深い。ドイツ人とつきあうなと厳命され、優越感と劣等感を抱えて乗りこんできた英国人は、使命に燃える者、混乱に乗じて搾取する者、ヒトラーのシンパを執拗に炙り出そうとする者など千差万別。一方、貧窮の極致、煙草(たばこ)一本売って食いつなぐドイツ人の中にもメラメラと復讐の焔(ほのお)を燃やす若者や暴徒と化した子供たちが……。
 東西分裂前夜の英・仏・米・露の力関係の違いも興味深い。私たちにはなじみの薄い敗戦直後のドイツの惨状を知ることは今の西欧を読み解く一助になる。
 モーガン大佐は寛容で温厚な人物にもかかわらず、ある事件で、憎悪のあまり平静を失ってしまう。それが人の本質、戦の根っこ、だとしたら戦は未来永劫なくならないのでは……。重い問いをつきつけられた。
 目の前で大切な人を殺されても、あなたは敵を助けられますか――。
    ◇
Rhidian Brook 1964年英国生まれ。小説家、脚本家。サマセット・モーム賞など受賞。本書は3作目。