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「つけびの村」書評 不穏さを体感し直して事件再考

評者: 武田砂鉄 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月19日
つけびの村 噂が5人を殺したのか? 著者:高橋ユキ 出版社:晶文社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784794971555
発売⽇: 2019/09/25
サイズ: 19cm/302p

つけびの村 噂が5人を殺したのか? [著]高橋ユキ

 「いったい、この村はなんなのだ」――二〇一三年七月、わずか一二人が暮らす山口県の限界集落で、一晩のうちに五人が殺害される事件が発生。その集落で唯一、他の村民と交流せず、決まった時間に窓を大きく開け放って歌声を響かせていた「カラオケの男」。凶行に及んだ男は、家のガラス窓に貼り紙を残していた。
 「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」。この不審なメッセージは犯行予告と捉えられていたが、真相は異なっていた。犯人は「集落の村人たちから〝村八分〟にされていたのではないか」との疑いを抱えながら、著者は現地を繰り返し訪問する。限られた人々から、無数の噂が流れ込んでくる。
 そして浮上する、別の放火事件。かつて存在していたという「夜這(よば)い風習」。地域で飼われていた犬や猫の不審死。犯人の父が盗人とされ、都会から帰ってきた息子が冷たくあしらわれていた事実。「陸の孤島」にやってくるコープの寄り合いで繰り返されていた世間話が作り出す「白い目」。そして、地域で信じられている氏神様の力……。
 ある村人が「早(はよ)う死刑になればいいと思うちょる」と吐く。それは恨みからなのか、あるいは、たどり着いて欲しくない事実があるからなのか。不穏な空気を解くため、著者はひたすら村を歩く。歩けば歩くほど、聞けば聞くほど、その不穏さが晴れるのではなく、曇っていく。視界が狭まったのか、焦点が定まったのか、それすら分からせない、謎めいた村の吸引力。
 本書はウェブサービス「note」で掲載され、大きな話題となった。そこで得た反響を踏まえ、追加取材に臨んだ。いつからかノンフィクションは、「読み手に何らかの〝学び〟や〝気づき〟を与えるものでなければならない」とする型が出来上がっている、と著者。そういった型に行き着こうと急ぐのではなく、起きたことを隅々まで体感し直そうとする地道な姿勢が、事件を再度揺さぶった。
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 たかはし・ゆき 1974年生まれ。フリーライター。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』など。