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「アメリカのニーチェ」書評 読者に照準 野心的な「受容史」

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2019年11月02日
アメリカのニーチェ ある偶像をめぐる物語 (叢書・ウニベルシタス) 著者:ジェニファー・ラトナー=ローゼンハーゲン 出版社:法政大学出版局 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784588011023
発売⽇: 2019/10/04
サイズ: 20cm/491,152,7p

アメリカのニーチェ [著]ジェニファー・ラトナーローゼンハーゲン

 近代アメリカの思想を駆り立てたのはF・ニーチェとの対決である。その解明のためには、著者ではなく読者の変遷に照準する「受容史」こそがアンビシャスであることを論証する話題の書。当初、ドイツの正典からの逸脱を、ポーランド出自姓と結びつけられさえした疎遠な思想家が、「ニーチェとは我々のことである」(A・ブルーム)と指摘されるまでに、アメリカ精神に帰化(本訳では馴化=じゅんか)・同化(本訳では一体化)するに至る雄渾(ゆうこん)な物語だ。
 H・L・メンケンらによる偏見多き初期の受容過程においては、何より「翻訳」の問題が立ちはだかった。状況を変えたのは、ナチスの圧迫を逃れて亡命してきたユダヤ系ドイツ人たちである。彼らは一様に「ニーチェはナチスの原型では決してないという確信」を抱いていた。なかでも、年少ゆえに自己形成そのものはアメリカで行ったW・カウフマンの訳業は、冷戦期の文化状況を打開する触発力を保ちつつ「ヨーロッパとアメリカを対話へ導く」「ディオニュソス的啓蒙思想家」ニーチェを描き出して、圧倒的な成功を収めた。
 これに替わって、J・デリダら脱構築主義のフレンチ・ニーチェが流入し、「言語外の指示対象もしくは意味」の追求を中止するイェール学派が注目されたが、同伴者のように見えてそうでなかったのが、H・ブルーム、R・ローティ、S・カヴェルである。基礎づけなき現代世界で、なお意味との折り合いを試みる彼らは、ニーチェ自身が賛仰した思想家R・W・エマソンや、彼らと共振するプラグマティズムに連なり、土着化したニーチェに根ざしていた。F・フクヤマの師匠でフレンチ・ニーチェを厳しく断罪したA・ブルームもまた、実はアメリカン・ニーチェの徒であった。
 彼らの時代に育った著者は、だからこそニーチェ旧蔵書の研究を徹底して行い、利用価値の高い索引をつけたが、邦訳では簡略化されたのは残念である。
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 Jennifer Ratner-Rosenhagen 米ウィスコンシン大マディソン校教授(アメリカ精神史)。本書は第1作。