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「ベニカルロの夜会」書評 破戒と殺戮をどうあがなうか

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2019年11月30日
ベニカルロの夜会 スペインの戦争についての対話 (叢書・ウニベルシタス) 著者:マヌエル・アサーニャ 出版社:法政大学出版局 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784588010996
発売⽇: 2019/09/24
サイズ: 20cm/254p

ベニカルロの夜会 スペインの戦争についての対話 [著]マヌエル・アサーニャ

 1936年7月、共和国政府に対するフランコ将軍の反乱で始まったスペイン内戦は、独伊、ソ連の介入もあり、第2次大戦の前哨戦となった。最中(さなか)の37年春、大統領で文筆家アサーニャが執筆したのがこの戯曲である。共和国派の作家や元閣僚、活動家らが、内戦と革命、共和国と独裁、歴史と暴力を巡って議論する作品を、彼は、狂気の日々の中でも、自らの精神の独立を保持した人々がいたと示すために書いたという。
 スペイン内戦に対する著者の立場は明確だ。登場人物に仮託して語られるのは、共和国の合法性こそが反乱軍に対抗する究極の論拠であること。それは内戦を、革命やカタルーニャ・ナショナリズムへと転化させる動きへの牽制でもある。独裁と無政府状態とを避け、国民全員の自由を維持するのが共和派の使命だとの主張には、党派対立の激化が、共和国を蝕むことへの焦りがにじんでいる。
 夜通しの対話には、戦争を巡る根源的な問いがこだまする。すでに夥しい人が殺され美術品も破壊された。共和国のために、何十万の命や精神的財産が失われてもよいのか。いや、一線を越えた破壊の目的が、抵抗の意志を挫くことにあると忘れてはなるまい……。
 自由を掲げる人々に、敵を含む全ての人の自由を擁護する覚悟はあるかとの疑念も表される。戦争の目的が権力の奪取ではなく、自由や寛容の貫徹だと感得するのは容易ではない。
 あなたにとって大聖堂や美術品が残れば軍人独裁でもよいのか。意欲喪失した相手をこう論難した人物も、最後にはこの戦争は無意味だと吐露する。漂う無力感に抗うのは、過去の人々の過ちや残虐行為を、次の世代はどう改めるかとの問いかけであろう。しかし、その後も戦争や殺戮を繰り返してきた世界は、その問いについぞ答えていない。ゲルニカ爆撃は戯曲執筆中の出来事、原爆が広島・長崎を壊滅させたのはその8年後であった。
    ◇
Manuel Azaña 1880~1940年。評論家、作家。1936~39年のスペイン内戦中の大半の期間、共和国大統領。