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「ネットは社会を分断しない」書評 安易な悪玉論にデータで疑義

評者: 石川尚文 / 朝⽇新聞掲載:2019年11月30日
ネットは社会を分断しない (角川新書) 著者:田中辰雄 出版社:KADOKAWA ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784040823034
発売⽇: 2019/10/10
サイズ: 18cm/236p

ネットは社会を分断しない [著]田中辰雄、浜屋敏

 ツイッターでは今日も政権支持者と批判者が激しい言葉を発している。ネットとくにSNSは、自分に心地いい言説にだけ触れる機会を増やしがちだ。結果として意見が両極に分かれ、社会が分断されていく。
 こうした半ば常識化した見方に、本書は敢然と異を唱える。3回に及ぶ2万~10万人規模のアンケートの分析結果が主張のベースだ。議論の柱は三つある。
① 若年層は中高年層ほど分極化していない。
 憲法9条改正のような意見の分かれそうな10の争点について賛否の度合いを尋ね、回答者がどの程度保守的か、あるいはリベラル的かを数値化する。その分布を年代別に見ると、ネットの利用度が高い若年層のほうが分極化傾向が弱い。
 ②ネットを使い始めると分極度はむしろ下がる。
 1回目の調査でネットを利用していなかった人が、6カ月後の調査で週2~3回以上の利用へと変わっていた場合、その前後で分極度はむしろ「穏健化」する傾向のほうが優勢だった。
 ③自分に近い意見にばかりふれる「選択的接触」は限定的にしかおきていない。
 保守、リベラルの論客の名を挙げてSNS上で接しているか聞くと、接する論客の平均4割が回答者と逆の意見の持ち主だった。つまり人々はネット上で幅広い意見にふれている。
 以上から著者は書名にうたう結論を導く。「多様な意見や智恵の交流が起こり、互いの理解が進む」というネット草創期の期待は死んではいないのだ、と。
 本書の立論から「分断しない」とまで強く言い切れるか、若干の疑問も残る。例えば②では、ネットの影響を見るのが6カ月では短すぎないか。③については、SNS上での「接触」のとらえ方が、やや一面的のようにも見える。
 とはいえ、安易なネット悪玉論に対し、データを示して正面から疑義を突きつけた意味は大きい。分析と議論がさらに広がり、深まることを期待したい。
    ◇
 たなか・たつお 1957年生まれ。慶応大教授(計量経済学)▽はまや・さとし 1963年生まれ。富士通総研経済研究所。