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「現代思想からの動物論」書評 人間による支配 根底から考察

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2019年12月21日
現代思想からの動物論 戦争・主権・生政治 著者:ディネシュ・J.ワディウェル 出版社:人文書院 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784409031056
発売⽇: 2019/10/25
サイズ: 19cm/404p

現代思想からの動物論 戦争・主権・生政治 [著]ディネシュ・J・ワディウェル

 食用のために、年に600億を超える陸生動物が殺されているという(2010年の調査)。鶏、豚、牛など、その多くは人工的に繁殖、飼育され、殺される動物である。かれらのほぼすべてが、種としての寿命を全うせずに殺されてしまうのだ。
 なぜ人間は動物を食べるのか。時折、このような問いが発せられるが、それは人間にとって肉食はどこか不自然なところがあるからだ。レヴィ・ストロースはその不自然さの源を、自他を分かたぬ人間―動物関係の切断に求めた(「狂牛病の教訓――人類が抱える肉食という病理」)。いわば人間が動物の一種であることを止める不自然さである。
 本書は現代の「動物産業複合体」に対する告発の書である。しかし、動物にも権利を、といった動物愛護を説くものではない。そうした動物愛護は、殺される動物にせめて苦しみの少ない死を、という愛護精神と変わるものではない。
 問題は、区別が差別と序列を生み、人間/動物、理性/自然、知識/本能、優越/劣等などの対立を生むことである。人間―動物関係はこうした関係に基づく権力関係、動物を食べるという行為は人間の動物からの超出に淵源をもつ。
 ミシェル・フーコーの生政治論は人間の動物支配(例えば牧羊権力)を背後に秘めた政治論、権力論である。彼以後、生政治論はさまざまな方向に拡充されるが、本書の著者が特に重きを置くのはロベルト・エスポジトの生政治論である。彼は人間―動物の垂直的権力関係の水平的人間―人間関係への繰り込みを「免疫」概念によって考える。すなわち人間社会は異物(人間―動物関係)を組み込むことによって生体保護を図るというのである。
 本書は動物論を政治学的に考察することによって生政治論を拡張し、生政治論の新たな知見によって動物論に新機軸を開く。現代思想特有の難解さはあるが、得るところは多大である。
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Dinesh Joseph Wadiwel シドニー大上級講師(暴力理論、人種理論、批判的動物研究)。障害者支援等も行う。