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「プリンストン大学で文学/政治を語る」書評 大統領選に出馬 対権力の威厳

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年01月18日
プリンストン大学で文学/政治を語る バルガス=リョサ特別講義 著者:マリオ・バルガス=リョサ 出版社:河出書房新社 ジャンル:文学論

ISBN: 9784309207858
発売⽇: 2019/12/02
サイズ: 20cm/268p

プリンストン大学で文学/政治を語る バルガス=リョサ特別講義 [著]マリオ・バルガス=リョサ

 ノーベル文学賞を受賞してから10年になるペルー出身のマリオ・バルガス=リョサは、『緑の家』『世界終末戦争』といった大作の他に、私の大好きな『フリアとシナリオライター』のような甘く苦いユーモア作品でも群を抜いているが、優れた小説論にも『疎外と叛逆』『若い小説家に宛てた手紙』などがある。
 今回出版されたのは小説論のひとつで、それも徹底して自作を語ったもの。2015年に米国プリンストン大学で行った講義がもとになっており、客員教授として教える彼の周囲で学生たちはたくさんの資料を整理し、リョサ自身気づいていなかった事実を発見した。これは互いに素晴らしい体験だったに違いない。
 本書での講義は、主にルベン・ガリョという教授が聞き手になった対話形式で非常に読みやすく、リョサ側もおそらく見知った学生たちの前でリラックスしてしゃべっている。
 とはいえ、1990年にペルー大統領選にも出馬してアルベルト・フジモリに敗れたリョサだから、話は単に文学にとどまらない。
 ラテンアメリカ全体、あるいは世界の強圧的権力に対して民主主義はどうあるべきか、政治的な問題をほぼノンフィクション的な虚構で書いてきたリョサに迫った暴力の数々、または共産主義者であった彼がなぜ方向を変えるに至ったかなど、作家が社会に関与する場合の言葉の深さ鋭さを存分に発揮してくれる。
 ラテンアメリカは多くの独裁政権を経験してきた。その中で多くの文学者が矢面に立った。例えばリョサも政権から弾圧されるばかりか、反対意見を持つ群衆に「肖像写真が火あぶりにされた」ことさえある。それでも彼は威厳とユーモアをもって書いてきたのだ。
 そんな作家だからこそ「民主主義は不完全な仕組みですが(略)最も人間的なもの」「社会が権力の濫用に対して持つ唯一の防御手段は表現の自由です」といった言葉が実に重い。
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Mario Vargas Llosa 1936年、ペルー生まれ。作家。2010年にノーベル文学賞。『都会と犬ども』『チボの狂宴』など。