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「聖なるズー」書評 人間の定義揺さぶる真摯な問い

評者: 武田砂鉄 / 朝⽇新聞掲載:2020年01月18日
聖なるズー 著者: 出版社:集英社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784087816839
発売⽇: 2019/11/26
サイズ: 194×134mm/280ページ

聖なるズー [著]濱野ちひろ

 「キャシーだよ、僕の妻」と紹介されたのは、車の後部座席にいる体軀(たいく)の大きな犬だった。動物性愛者にとって、「ペット」ではない。「パートナー」なのだ。
 著者が訪ねた、ドイツにある世界唯一の動物性愛者による団体「ZETA」では、人と動物が交わることに深い敬意を持っていた。現在の精神医学では動物性愛はパラフィリア(異常性愛、性的倒錯)のひとつとされるが、自らを「ズー」と呼ぶ彼らは、動物への愛着や性的欲求を「自分ではどうにもできない、あらかじめ備わっていた感覚」とする。
 「どんないきものにも魂がある」と語っていたズーが、蠅叩きを取り出す。蠅はいいのか。では、どこからが魂なのか。人は人と、様々な方法で愛を確かめ合う。永続的ではないことも多い。特にセックスは、互いの同意によって行われなければならない。ならば、ズーはどうなのか。
 「僕たちは対等だった。お互いにセックスをしたいと思った」。リラックスして身体にもたれかかってくる。「神秘的」な感覚を分かち合う。「人間は裏切るけど、犬は裏切らない」。犬のマスターベーションを手伝うズーもいる。多くの犬が去勢されているが、身近な動物の性を望まない形でコントロールしているのはどちらなのか、と問う。
 旧約聖書の中に記された「忌むべき風習」のひとつに「動物との性行為」があり、獣姦裁判が行われた時代もあった。さらに遡れば、青銅器時代、動物にペニスを挿入した岩絵が残されている。人間と動物との交わりには長い歴史がある。今、人間は、食や癒しの目的で動物の生き方を定める。人間が人間であるために動物との差異を保つのだ。
 ズーは、ただただ動物とセックスをしたい人たちではない。愛する相手だから、セックスをする。誰かを理解するとは何か、理解されるとは何か。センセーショナルなテーマで繰り返される真摯な問いが、人間の定義を揺さぶる。
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 はまの・ちひろ 1977年生まれ。ノンフィクションライター。本作で開高健ノンフィクション賞を受賞。