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早見和真さんが“命がけ”で盛り上がった第1回フジロックのレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン 想定外の嵐が生んだ一体感

第2回フジロックフェスティバルのメインステージ。初回から場所を移し東京・豊洲で開かれた(1998年、撮影・御堂義乗)

 僕は「街に書店がなければいけない」論者だ。それ目的に購入した本よりも、たまたま巡り合った本の方がはるかに人生を揺さぶってきたからだ。ネット書店の〈おすすめ商品〉では出会えなかったはずの数々の本たちが、決して天才ではない僕を小説家という立場に押し上げてくれた。
 音楽の場合はもっと顕著だ。未知のバンドと、曲と出会いたい一心で、たとえばバイト代が入った直後などは大学を休んで渋谷のタワーレコードに一日中入り浸ったりしていた。
 いや、出会いどうこうだけが理由じゃないだろう。タワレコに一日滞在し、設置されたヘッドフォンでサンプルCDを聴くこと自体がすでにファッションだったのだ。その自意識のカッコ悪さを認めつつ、しかし当時はたしかに音楽との出会いにあふれていたし、レコードショップでの人との出会いも少なくなかった。

 そうして知り会ったサラリーマンの先輩と豪雨の第一回フジロックに参加したことはひそかな自慢だ。
 富士天神山スキー場で行われた第一回フジロックフェスティバル。まだ「フェス」という言葉さえ市民権を得ておらず、ネットも普及していなかった中、僕たちは近所のライブハウスに出かけるような格好で会場へ繰り出した。
 富士吉田駅まで電車で行った記憶はあるが、そこからどう会場入りしたかなどはよく覚えていない。鮮明に記憶に残っているのは、真夏にもかかわらず身体の体温を根こそぎ奪っていくような強烈な雨と、真夏にもかかわらず身体の体温を根こそぎ奪っていくような冷たい風だ。

 それでも、初のフェスは楽しかった。どちらかといえば邦楽が好きだった僕はズボンズやザ・ハイロウズの最高のパフォーマンスに熱狂したが、一つだけ挙げるとすれば、やはりなかば伝説と化しているレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのステージである。
 日が暮れて一気に気温が下がり、雨の中待たされた三十分ほどのセットチェンジの時間が本当に地獄だった。直後に伝説のステージを目撃することなど当然知る由もなく、寒さと空腹からわりと本気で命の危険性まで感じていた僕は、何度先輩に「帰りましょう」と訴えたかわからない。
 それは僕だけの不安じゃなかったと思う。あのレイジのライブの“凄まじさ”を一言で表現するなら、一体感に尽きると思う。居合わせた誰もが命がけだったし、開き直っていた。破れかぶれだった。みんな身体中から湯気を立ち上らせ、照明によって妖しい色を放つそれが会場全体を包み込み、冥土の土産的に踊り狂う観客のボルテージに応えるように、メンバーの演奏にも力が籠もる。

 想定外の嵐がもたらした、想定外の盛り上がり。日本人とは思えないノリ……といまなら言えるが、あの日の、あの場所に国籍など関係なかった。みんな命がけという同じステージの上に立っていて、ひたすら何かを叫んでいた。
 あのライブが僕の人生にどのような影響を及ばしたのかは想像もつかない。
 一つだけたしかなのは、それからしばらくはレイジの曲を聴くたびにパブロフの犬的に身の危険を感じていたことである。