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『ベルク「風土学」とは何か』書評 二元論超え仏教哲学の視点持つ

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2020年01月25日
ベルク「風土学」とは何か 近代「知性」の超克 著者:オギュスタン・ベルク 出版社:藤原書店 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784865782486
発売⽇: 2019/11/22
サイズ: 20cm/287p

ベルク「風土学」とは何か 近代「知性」の超克 [著]オギュスタン・ベルク、川勝平太

 オギュスタン・ベルクと川勝平太、ともに東西の哲学に通じ、西洋哲学を相対化する仕事をしてきた両氏による「風土学」の展開を楽しみに手に取った。
 第3章を成すコスモス国際賞受賞記念講演で、ベルク氏は、持続可能な文明へのパラダイムシフトに向けて、人間を地球に結びつける「風土学」の必要性を訴える。自然を客体視する生態学に対して、風土学は和辻哲郎らによる人間の主体性を包摂する風土に立脚する。西洋哲学が唯一神としての主語に重心をおけば、風土学は複数の主語を包摂する述語に重心をおき、仏教に根ざした西田幾多郎らの哲学に親近性をもつ。
 「否定」と「肯定」の二元論的な西洋論理学を超えて、風土学には「両否」「両肯」を加えた四元の論理(テトラレンマ)からなる仏教哲学の視点がある。ベルク氏の「はしがき」にある、和辻の風土性という概念を理解するために苦労したエピソードに、日本語の哲学を読解するという難事業に取り組んでこられた氏への敬意を新たにした。
 本書後半は川勝氏による書き下ろし「近代『知性』の超克」(第4章)で、ベルク風土学の解説のかたちをとりながら、フッサールやハイデッガー、西田哲学から今西(錦司)学派、山内得立、鈴木大拙らをはじめ、東西の哲学を自在に往来し、持論も加えて歯切れよく展開していく。人が畳の部屋に入る時にスリッパを脱ぐのは、あたかも畳が「脱ぎなさい」と命じているかのようだという、立ち居振る舞いと生活の諸装置がなす「物産複合」論と、鶴見和子への言及が興味深い。「詩学のない学問はつまらない」という鶴見の発言は、川勝氏の思想でもあり、ベルク氏への共感の根幹にある思いだろう。
 冷徹な理論家のように取り上げられることの多い、私の師・篠原一男の建築論の根底にあるのも詩学であり、その論理は詩を産むためにこそあったのだと改めて思う。
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 Augustin Berque 1942年生まれ。仏国立社会科学高等研究院教授▽かわかつ・へいた 1948年生まれ。静岡県知事。