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「できない相談」書評 一話、また一話と機知に触れる

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月01日
できない相談 著者:森絵都 出版社:筑摩書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784480804907
発売⽇: 2019/12/09
サイズ: 20cm/220p

できない相談 piece of resistance [著]森絵都

 私のスマホは更新プログラムが日々たまる一方だ。更新したら便利になるんだろうな。でもメールのチェックと電話、たまにニュースを見るだけなので、これで十分、よけいなお世話と放ったらかしている。
 近所のコンビニから「いらっしゃーい」という元気な声が聞こえないなと思ったら、店内にセルフレジのコーナーが出来ていた。昔はオーナーご夫婦とよく立ち話をしたものだ。今また店員さんまで……人手不足に文句は言えないものの、寂しい悲しい恨めしい。
 私たちは日々、小さな出来事に苛立(いらだ)ったり違和感を覚えたりして生きている。ハタから見れば小さくても、当事者にとっては大きなことで、絶対に許せない――本書のように「できない相談」だったりもする。
 居酒屋へ行くたびに下手な英語で話しかけられ、げんなりしている外国人や、満場一致なら民主主義だと信じて疑わない社長を取り巻くルーティン会議、勝手にパソコンが更新されてしまう憤り……。
 一年C組のさくらちゃんは蝶の立場になって『少年の日の思い出』の感想文を書く。「主人公が、ちょうを捕まえるときのことを、『捕らえる喜びに息もつまりそうになり』とか、『微妙な喜びと、激しい欲望との入り交じった気持ち』とか書いているのを読んで、へんたいだと思いました」
 象は自分を見て泣くおばはんにうんざりしている。「わしはウッキーや。はな子とまるきしキャラちゃうねん。はな子の悲劇おっかぶせて泣かんといて」
 角度を変えれば見えないものが見えてくる。そんなこんなの、愉快でシニカルで、だれもが「あるある」とうなずける38のショートストーリーが本書にはつまっている。しかもどれもが機知にあふれ、工夫が凝らされていて、美味(おい)しいスナック菓子のようにひとつまたひとつと後をひいて止まらない。軽妙な話術のその裏に、著者の鋭い洞察眼が光っている。
    ◇
もり・えと 1968年生まれ。『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞。『つきのふね』『みかづき』など。